82.槍が生む活気
おおーっ! という、どよめきが雨の上がった宮城の北側に木霊した。
俺が前に突き出した槍が、丸太を刺し貫いている。囲んでいるのは投石に参加してくれてたチンピラさんたちや、短弓使いの狩人さんたちだ。
自分の部屋で練習しておいた槍の模範演技を見せていた。うまく刺さってくれて良かった。
同行してくれてる橙髪のユーフォンさん、護衛のメイユイも驚きの表情を浮かべてる。
槍に詳しい訳ではないし、ドラマやマンガでしか見たことがなかったけど、芯を喰わなかったら刺さらないってことを分かりやすく、丸太を的にした。
正解かどうかは分からないけど、試行錯誤に費やせる時間もあまりない。あとは、実際に使う人たちで創意工夫してもらうしかない。
薬草の畑を拡張する作業をしてたクゥアイも、鍬を振る手を止めて、こっちを見ている。周りで作業に加わってた、他の農民の皆さんもこっちを見ながら汗を拭ってる。
昨日はクゥアイ1人でやってたのが、少し人数が増えてる。いいことだと思う。やることもなく、ただ夜に怯えて過ごしてばかりでは、いつか心を病んでしまう。
皆のどよめきを静めたフーチャオさんが、恭しく声を上げた。
「初代マレビト様は、邪を祓うために剣をお与えになった。今、4代マレビト様は、人獣を屠るために槍をお与えになったのだ!」
取り囲んでいる人たちから、再び、どよめきが起きる。
うん。そういう位置づけ必要ですよね。そこら辺を、阿吽の呼吸でアシストしてくださるのはありがたい。
チンピラさんたちが槍を熱い視線で見詰めてる。アレだ、修学旅行でヤンチャな連中が木刀見てるときの目だ。
今はチンピラさんたちのオラオラ精神にも頼りたい。
こういう人たちが世を拗ねた感じでいると全体の空気も荒む。逆に明るくオラオラしてると、全体の空気も軽くなる。
チンピラさんたちに槍を一本ずつ配って、早速、槍の扱いをレクチャーしていく。
飽くまで素人の俺が、短い期間だけ練習して身に付けたものだけど、そう大きくは外してないんじゃないかと思う。
一通り、俺が思い付いたことをレクチャーし終え、あとはフーチャオさんに任せようと声を掛けたら、耳元に口を寄せてきた。
「訓練の時と戦闘の時、それ以外は倉庫かどこかに仕舞うことにしましょう。こいつらは元々、気性が荒い。つい喧嘩に持ち出したりしてはことです」
「ありがとうございます。その通りですね。保管場所はスイランさんに用意してもらうので、後でフーチャオさんに報せるように頼んでおきます」
フーチャオさんはニヤッと笑って、嬉々として槍の練習をしてるチンピラさんたちの輪の中に加わっていった。
なんのかんの言って、あのお兄さんたちのことが可愛いんだなと感じる。チンピラさんたちも、兄貴肌のフーチャオさんを慕っているのが伝わってくる。
それから、短弓使いの狩人さんたちの輪に加わった。ミンユーもいる。
城壁の上から人獣に攻撃するシミュレーションを入念に行ってくれてる。
俺も軍隊経験なんかないし、フォーメーションを検討したりチーム編成を考えたり、必要なことだけどごっこ遊びをさせてるような気もしてしまう。
けど、訓練は絶対に必要だ。思い付く限りのことを想定して、実際に体を動かしてみてもらう。
槍を使うチンピラさんたちもチーム編成に加えるように修正してもらい、さらに入念にシミュレーションを重ねる。
今晩は長弓隊の後ろから観戦してもらって、実際の戦場のイメージをさらに固めてもらい、明日の晩には実戦投入したい。最前線に投入する以上、試験的とばかりは言っていられない。緊張する。
ミンユーも狩人相手には人見知りが発動しないのか、テキパキと指示を出している。ほかの狩人もミンユーの話をよく聞いてる。
姉の長弓使いメイファンが「一番いっぱい、獲物を仕留めるんだよ!」と紹介してくれたミンユーは、年上の狩人仲間からも一目置かれている様子だ。リーダーとして、皆をまとめている雰囲気さえある。
やがて顔を見せてくれた剣士のヤーモンも加わって、さらにシミュレーションを重ねる。
短弓隊だけで人獣の侵入を完璧に抑えられるとは思えないので、城壁に上がってきた人獣を討つのは剣士の役割になる。その、連携が要る。
イーリンさんがヤーモンを推薦してくれたときには、ちょっと複雑な気分になった。フッた女子がフラれた男子に信頼が篤い。その辺の機微は経験しないまま、異世界に来てしまった。
ヤーモンはガタイが良く、短く刈り揃えた髪も相俟って、実に爽やかなマッチョに見える。笑うと白い歯がキラリと輝く快男児だ。年は俺のひとつ上の19歳。
イーリンさんとお似合いだと思うんだけどなぁ……。というのは、余計なお世話というヤツなんだろう。
もっともイーリンさんが大浴場に足を運んでいるのは、俺のことが好きだからではなくシキタリに従っているだけだ。勘違いしないようにしよう……。
とか考えると、自然と目の前で真面目に訓練しているミンユーに、大浴場での全裸の姿が重なるし、横にいるユーフォンさんとメイユイにも重ねてしまう。
――ぷにゅん。
今朝のメイユイの雑なおっぱいの感触が背中に蘇り、左腕には昨日のユーフォンさんのが、――ふにゅん、右腕にもミンユーのが、――むにゅん。と、生々しく感触が再現されてしまう……。
今、この皆が真面目に頑張ってる場で、そんなこと考えてるのは俺だけだ……。
慌てて目を逸らすと、たくさんの荷物を運んでる賑やかな中年女性たちの一団が目に入った。
先頭にはフーチャオさんの奥さんのミオンさん。司徒府で食材だけ受け取って、炊き出しはお母さんたちが受け持つ、その準備が始まってた。
皆さん、ウキウキと楽しそうにしてる。
槍を振るチンピラさんたちの歓声、フーチャオさんが褒めて励ます笑い声、ヤーモンも加わってシミュレーションを重ねる短弓隊、炊き出しの準備に勤しむお母さんたち、鍬を振るクゥアイたち農民の皆さん。
宮城北側の避難民さんたちが集まるエリアに活気が満ちている。
賑やかな声に惹かれて、遠巻きに見ていた人たちが輪に加わってくる姿も見える。まだ全員が前向きな気持ちにはなれないかもしれないけど、少しずつ盛り上がっていけばいい。
そこに、紫髪の侍女ツイファさんが姿を見せた。よく見ると、後ろには黄色髪のシュエンが隠れている。
ツイファさんがいつもの澄まし顔に笑みを浮かべて、シュエンに話しかけた。
「さあ、シュエン。 自分でマレビト様にお願いできるかしら?」
というツイファさんの言葉に、シュエンが頷いて、モジモジとしながら俺の前に立った。
「あの……、マレビト様。お願いがあります」