76.大浴場の大演説(1)
「今日はボクが洗うのだ!」
と、宣言したシーシはペースト状の石鹸を直接、自分の身体に塗って、そのまま抱き付いて来た。
ぺにょ。
うーん、ツルペタ姉さん。弾力はありませんが、柔らかな肌が全身で密着してきます。
背中に張り付いたシーシは腰から上を左右に、くにっ、くにっとズラすようにして俺の背中を洗い始める。
動きも独特ですね。泡立ってない石鹸がヌルヌルですし、肌は密着感がエグいし、その……、照れてしまいます。
――くにっ(右)。
シーシは楽しそうに踊ってるみたいに身体を左右にゆすってる。そのたびに小刻みに滑る肌がなんとも……、気持ちいい。
――くにっ(左)。
いつも快活で男友達のような気安さで接してるツルペタ姉さんに、女を感じてしまうと、脳の処理が追いつかなくなってしまいます。
――くくにっ(右)。
気恥ずかしさマックスで、止めてほしくなるんだけど、今晩も大活躍だったシーシがご機嫌なのを止めることも出来ない。
日が沈むと、俺は人獣たちとの戦闘が始まっている北側城壁の東端にある櫓に登った。
シアユンさんや、フェイロンさん、イーリンさんにも、だいぶ止められたけど、どうしても自分の目で確認しておきたいことがあった。
最終城壁の櫓は、かつては侵攻してくる敵を見張る物見櫓だったんだろうけど、それより高い第2城壁、第3城壁が建てられて、今ではただの飾りだ。
開けられてる窓は小さく、人獣が通ることは出来ない。
櫓にはミンユーに同行してもらって、イーリンさんとヤーモンが念のための護衛に付いてくれた。城壁に繋がる扉を破られたら人獣が侵入してこないとも限らない。
フラれたばかりのヤーモンと、フッたばかりのイーリンさんが息ピッタリに動いているのを見て、ちょっと里佳のことを思い出してしまった。
イーリンさんとヤーモンは、なんなら仲良く話しているようにも見える。
あの後、どんなやり取りがあったのか知らないけど、フラれた方とフッた方が良好な関係でいる姿を、自分と比べてしまって、胸にチクッとするものを感じた。
櫓の最上階に登ると、既にシーシが別の剣士の護衛を受けながらセッティングを終えてくれていた。
部屋が狭いのでシーシに付いていた剣士は、そのまま前線に戻り、俺は先にヤーモンが確認してくれた小窓から城壁を眺めた。
シーシが作ってくれてた小さな手持ちの行灯、時代劇で岡っ引きが持ってるような蝋燭を使った懐中電灯のような行灯で、城壁の外側を照らしてみる。
明りは弱いけど、びっしり貼り付いた人獣たちが、城壁をよじ登っているのが見えた。城壁の根元に明りを移すと順番待ち(?)の人獣たちが、大量にいる。
予想してた光景だけど、思わず身震いしてしまう。
真下に目を移すと、櫓の壁にも人獣が貼り付いている。ただ、人間のいる方に向かうのか、真っ直ぐ上ではなく、剣士たちが並ぶ城壁方向に向かって登ろうとしているようだ。
俺はスタンバイしてくれてるシーシの方を向いて頷き、合図を送った。
部屋の真ん中でしゃがんでいるシーシの前には、小さな台の上に大きな寸胴の鍋が置かれている。
シーシは木箱から折りたたまれた呪符を取り出し、台と鍋の間に手を突っ込んで、呪符を開いた。
ぶわっと熱気が狭い部屋に溢れて、一瞬で大鍋の中の大量の水が沸騰する。
シーシはスグに呪符を折りたたむ。一瞬だったのに、部屋の中には熱気がこもってる。鉄をも溶かす呪符の威力は抜群だった。
俺とシーシで大鍋を持ち上げようとして……、上がらない。
情けないことに俺の腕力が足りてない。こんなことなら野球を中学で辞めるんじゃなかった。そこそこ活躍出来てたんだけど、高校野球には通用しないって自己分析出来てたから、あっさり辞めてしまった。里佳にも、もったいながられたけど。
ヤーモンに替わってもらい、シーシと一緒に持ち上げた熱湯入りの大鍋が小窓の前まで運ばれる。
ツルペタ姉さん、細腕なのにすごいな。重い物を持ち慣れてるって聞いてたけど、どこにそんな腕力が隠されてるのか。
火傷をしないように注意しながら、大鍋をひっくり返して、櫓の壁に貼り付いてる人獣に、熱湯をぶっかけた。
人獣が吠える声が響いた――。