66.4代マレビトへの忠誠
日が沈み切る前に、シアユンさんと望楼に昇った。
緊張から解放されて呆けたようになってたけど、さすがにあれだけ剣士たちを煽ったあとに「今日は休みます」という訳にはいかない。
最終城壁に登る剣士たちの中には手を振ってくれたり、ガッツポーズをしてくれる人もいた。
俺はグッと顔面に力を入れて、一人ひとりに手を振り、ガッツポーズを返していく。
突然暴露されたヤーモンの恋が破れるという犠牲はあったものの、剣士の皆さんの気持ちがひとつになったのは有難い。
ただ、つい先日フラれたばかりの俺としてはヤーモンへの同情の念が絶えない。
日没と同時に、今晩も激しい戦闘が始まった。
心なしか剣士たちの剣技が、より冴え渡っているように映る。
屋根付きの篝火も問題なく使えているようだ。遠目にも人獣の姿がよく見えるようになっていたので、シーシの技術の確かさも改めて感じる。
けれど、精神的な疲れは隠しようもなく、シアユンさんに椅子を勧められたので座って観戦させてもらった。
ぼんやりと見ていたけど、南側城壁では、なんとなくチンピラさんたちの投石と剣士との連携が生まれているようにも思えた。
あの卓越した剣士さんたちがその気になれば、飛んで来る石を認識して把握し、それを活かして闘うことなど造作もないことなのかもしれない。
まれに城壁を乗り越えてしまう人獣は、フェイロンさんや城壁下に陣取る剣士たちが討ち取る。
今晩も南側城壁の下に陣取るフェイロンさんは、鬼強い。
悠然と戦況を見守るフェイロンさんの姿を見ながら、俺は剣士府の講堂でのことを思い出していた。
フェイロンさんは『4代マレビトの新シキタリ』という切り札を、事前に用意してタイミングを計っていたんだろう。喰えないおっさんだ。
と、苦笑いしてしまうけど、頼もしくもある。あのまま俺が話し続けるだけで、あの場が収まったとも思えない。
シアユンさんは、俺が「新しいシキタリです!」って宣言しただけで皆に受け入れられるのは難しいのではないかって言っていた。今あるシキタリを変更したり修正するなら尚更とも。
それで追加することにしたんだけど、あそこでフェイロンさんが呼吸を合わせて押し切ってくれたから、スッと受け入れてもらえたんだと思う。
それにしても、『屠る』なんて単語、初めて口にした。あそこでスベッてたら、恥ずか死するところだった……。まあ、でも、フェイロンさんのアシストもあって、あの場は収まったし、剣士団の士気も上がったように見える。良しとしておこう。
――4代マレビト様に忠誠を!
という、約300人の屈強な剣士たちの地響きのような声が耳に肌に蘇る。この絶体絶命の危機にあって、皆の心をひとつにするのに、核になるものが必要なのは解る。
ただ、それが自分っていうのは、少し重い。少しでもない。重い。
それに『忠誠』とか、どう受け止めたらいいのか、正直分からない。
でも、ほかに何があり得るかっていうと、俺には思い付かないし、ほかにいないなら引き受けるしかない。皆が持ち場持ち場の役割と責任を果たしている中、俺だけ逃げるという訳にもいかない。
……ただの高校生、春から大学生だったんだけどなぁ。という気持ちは、この際、脇に置いておこう。全ては、生き残れてからだ。
――でも、4代目ってパッとしない人多いよなぁ……。
徳川将軍の4代目は家綱さんで、前の家光さんと次の犬公方綱吉さんの間で、なんとなく印象が薄い。
鎌倉幕府では源氏が絶えて、最初の摂家将軍になった藤原頼経さん。北条さんにいいようにやられたイメージしかない。
室町将軍では一休さんにも出てくる義満さんの息子の義持さんで、なんか義満さんの政策を色々止めにした人ってくらいしか覚えてない。
うーん、まだまだ受験生気分。
パッとしないと俺から思われてる4代目の皆さんも、きっと『忠誠』を受け止めてたんだろうなぁ。
集中力が途切れがちな俺は、「4代マレビトの俺は、どんな風になるのかなぁ」なんて呑気なことを考えながら、フェイロンさんの姿を、ぼおっと眺めていたら、不意にシュエンのことを思い出した。
大浴場でいつも無表情に湯に浸かってる黄色髪の女子。イーリンさんから戦死した剣士の娘だって教えてもらった。
――この夜を、どう過ごしてるだろう?
お父さんと暮らしてた宿舎で、今は独りになってるって言ってた。
ちょっと様子を見に行ってみるか――。
俺はシアユンさんに後を任せて、望楼を降りた。