57.湯船に浮かぶ模様(3)
ミンユーは、だんだん俺との距離感に慣れて来たのか、ゆっくりとだけどハッキリした口調で話し始めた。こういう、会うたび毎回、人見知りを発動してしまうタイプもいる。
「ユエは、王都から来た行商人の娘で、今は独り……。お父さんが一緒だったんだけど、この騒ぎではぐれたみたいで……」
城壁の外には大量の人獣がウロついてる。『はぐれた』っていうのは、遠回しな表現なんだと察せられた。
「前から顔見知りではあったから、お姉ちゃんが世話焼いてたんだけど、ずっと、王都に帰らなきゃって言ってて……。すぐ、城壁の外に出ようとするのを、お姉ちゃんが止めてて……」
「うん……」
「でも、マレビト様が召喚されて、それで、お姉ちゃんが『王国の民としてシキタリを守らないとね』って、言って聞かせたら、ようやく、ちょっと落ち着いて……」
そうか……。俺がどうこうっていうより、動転してるときに規範通りの行動をすることで、気持ちが落ち着くこともあるだろう。
「でも……。元々、ジーウォの娘じゃないし、なかなか、みんなには馴染めないみたいで……」
ミンユーは、その凛々しい眉を寄せて、ユエを見詰めた。
「そうか、分かった。ありがとう、ミンユー」
頬に紅の差したミンユーが、プルプルと頭を振った。
ユエ自身が、今の状態を望ましいと思っていれば別だけど、そうでないなら、話せる友だちの一人くらいはいた方がいい気がする。
かといって押し付けがましいことをすると逆効果かも知れないし、どこかで、そっと話をする機会が作れたらいいんだけど。
……しかし、デカっ。
「俺もユエのこと、気にしておくよ」
と、ミンユーの方を見ると、まだなにか話したそうに、俺のことを見詰めていた。軽く促すと、しばらくしてから、口を開いた。
声が小さくなったので、あたらないように気を付けながら、少し体をミンユーの方に寄せる。
「あの……」
「うん……」
「お姉ちゃんを褒めてくれて……、嬉しかった……」
「うん……」
望楼からメイファンが放った矢は、見事に人獣の眉間を射抜いた。すごい腕前だと思った。
「みんな、私のことばかり、褒めるから……」
昨日、日が高いうちに２人と望楼に昇って、下見をしてもらったときの、メイファンの言葉を思い出す。
――ミンユーの弓は連射がスゴイから、狩りに出たらいつも一番いっぱい、獲物を仕留めるんだよ！
ミンユーは凛々しい眉と整った顔立ちに似合わず、目を泳がせながら話を続けた。
「お姉ちゃんの長弓の方が、すごいのに……。あんなに遠くから、絶対に外さないのは、お姉ちゃんだけなのに……。いつも、みんなと一緒にお姉ちゃんが、私を褒めてくれるとき……、ちょっと寂しそうで。でも……、私が何か言うのも、違う気がして……。どうしたらいいか、ずっと分からなくて……」
「うん……」
「今日。マレビト様が褒めてくれて、あんなに嬉しそうなお姉ちゃん、初めて見た……」
「そうか」
「私も嬉しかった……。ありがとう」
望楼で俺に褒められて照れ笑いをするメイファンを、ジッと見詰めるミンユーの視線を思い出してた。愛情あふれる視線だった。
「だから……」
と、ミンユーは突然、俺の耳元に口を近付けた。……いや、あたってますよ。むにゅんと。腕に。
「お姉ちゃんの次でいいから、私にも子種を授けてほしい……、です……」
と言うや、俺の目をジッと見詰めてから、サッと離れて行った。
ポンッと頭が爆ぜたように顔が赤くなり、本日２回目の、ぷしゅう……、という音が俺の頭から聞こえた。
一番、言いそうにない人が、一番、言いそうにないことを、居合の達人のようにスパッと、言うだけ言って、答えもさせてくれず離れて行った。
メイファンさんが、俺に言ってたのを聞いてたんですね。さすが、愛情あふれる姉妹です。感服しました……。いつまでも仲良くしてください。
と、メイユイにもたれたまま薄目を開けたシーシと目が合った。ニタッと笑われた。
目聡いなっ！ ツルペタ姉さん！ 寝ててください！
高校１クラス分の女子が浸かる湯船には、色んな人間模様が浮かんでた。まだまだ、これからも浮かんで来るんだろう。
爆ぜた頭がフワフワしてたけど、みんなで力を合わせて乗り越えましょうね、って思ってた。
