43.像を結んでいく
ミンリンさんに頼んで、現状のジーウォ城の図面と、異性界のモノサシを見せてもらった。
やっぱり異世界の長さの単位は初めて聞くものだったけど、だいたいのメートル換算は出来た。状況的に、馴染みのない単位でヨタヨタ考えるより、パッと把握できる方がいい。
建築図面に詳しい訳でもないので、ミンリンさんに説明してもらいながら、把握していく。
覚え切れる量ではないので、紙と筆を借りてメモしていく。そうか、紙はあるんだな。結構、しっかりしてる。いや、薄く作れないのか。興味深いけど、今は目の前のことに集中しよう。
目測してたサイズ感に、そう大きな狂いはなくて、最終城壁の高さは約4m、宮城の望楼の高さと第2城壁の高さは同じで、どちらも約12m。
三角関数を使って宮城の望楼から第2城壁までの距離を割り出す。大学受験直後の身の上。手早く計算していると、ミンリンさんが興味を示した。
簡単に三角関数をレクチャーすると、目を輝かせてメモし始めた。サイン・コサイン・タンジェントってヤツだ。
ミンリンさん、本当に学問が好きなんだなぁ。活き活きしてるし、なんなら少し興奮して見える。
ふと、マレビトとしての俺が起こす『呪術』の『イノベーション』が、高校レベルの数学だと、ちょっと寂しいかもと思ったけど、いや! なんかもっと派手なののハズ! と、根拠なく気持ちを立て直した。
だいたい知っておきたいことは教えてもらえたので、俺はミンリンさんにお礼を言ってから、急遽、スイランさんのいる司徒府に向かった。
ミンリンさんが、名残惜しそうな表情で見送ってくれたのは、たぶん、もっと数学の話をしたかったんだろう。高校レベルだけど、また機会があれば知ってることは教えてあげよう。
仮設住宅を作る資材を出してもらうのに、スイランさんを訪ねるのだけど、シーシを待たせ過ぎることになるんじゃと、少し気になったので、移動は自然と早足になった。
最終城壁に四方を囲まれたエリアの中央より少し北に、宮城が建っている。ミンリンさんやシーシがいる『司空府』は西に張り出していて、スイランさんやウンランさんがいる『司徒府』は東に張り出している。
宮城の中央が城主や王族のエリアで、3階に俺やリーファ姫の部屋、それに王族用の大浴場がある。そして、更に上に昇ると望楼がある。
宮城の南側が正面入口になっていて、宮城を出ると石畳の広場がある。その両脇に剣士たちの宿舎が建ち並んでいて、宮城の南側には『剣士府』が張り出している。
まだ立ち入ったことのない剣士府の入口を横目に、司空府から司徒府に、真東に向かって足早に移動している。ちなみに、宮城の北に張り出しているのは、祖霊を祀る『祖霊廟』らしい。
今はリーファ姫の代わりにシアユンさんが、毎日の祭祀を行っているそうだ。
司徒府に着いてスイランさんの部屋を訪ねると、シーシが先に来ていた。
「ニシシ。スイランに鍋の追加を融通してもらってたんだ」
と、シーシがいたずらっ子のような笑みで教えてくれると、スイランさんは咳払いをひとつしてから、口を開いた。
「内密にお願いいたします」
「大丈夫、大丈夫。マレビト様の御用に使う鍋なんだし」
このチビッ子コンビがツーカーなのは、後々楽に物事を進められそうな気がして、俺は好意的に受け止めた。
膨らみがほどよい2人なのも、クラスの同級生女子と接してるようで、気楽なものがある。
チビッ子と言っても、シーシは俺より3つ年上の21歳だったけど。
あれ……? イヤな予感。スイランさん、仕事出来る感じに敬意を持って「さん」付けにはしてたものの、幼い顔立ちで同い年か年下って思ってたけど……。
「さて、問題です。スイランは何歳でしょう?」
シーシ。お前、エスパーか?
「えっと……、18? 17?」
正直、若く言っておけば、とりあえず角が立たないと思っています。
「不正解です! 正解は25歳でした!」
スイランさんが、もう、といった呆れた表情を浮かべている。……に、25だと。このテキパキ学級委員長みたいな幼い顔立ちの赤縁メガネ少女が、25。……異世界ゆえなのか? とにかく、自分の感覚を信じるのはやめよう。
「司空府のミンリン様と一緒で、仕事大好きで行き遅れたパターンなのだ。ニシシ」
「仕事大好きなのはシーシも一緒でしょ? もう21? 25なんてスグよ、スグ。早い娘だと16で嫁いじゃうんだから」
「ボクのことは別にいいのだ! ボクはミンリン様がいればいいのだ!」
「わ、私も……」
と、同行してくれていたユーフォンさんが、おずおずと手を挙げた。
「20歳です……」
ユーフォンさんも同い年くらいかと思ってました。2つ上のお姉さんだったんですね。
お、お姉さま3人に囲まれてるのか……。2人は、そうは見えないけど。
「すみません、くだらない話を。ご用件はなんでしたでしょうか?」
と、スイランさんがピシッと仕切り直してくれて、本来の用事を思い出した。意外と余裕あるな、俺。
ミンリンさんから預かった、仮設住宅建設に必要な資材をまとめてある書付けを、スイランさんに手渡す。ふんふんと、確認したスイランさんが顔を上げた。
「承知しました。司徒府の者に、早急に納入させます」
と、スイランさんは赤縁の眼鏡をクイッと上げた。25歳の童顔姉さん、仕事出来る感がスゴイ。資材の種類ごとの在庫量も全部、頭に入ってるんだな。
この城のチームが、どんなふうに動いてるのか、どう動かせばいいのか、俺の頭の中で少しずつ像を結んでいく。