34.初指名(1)
就寝前の入浴には、当然であるかのように純潔の乙女たちが勢ぞろいしていた。そろそろ、昼夜逆転の生活には体が馴染んできたような気がするけど、この入浴には慣れない。
本日の当番に背中を流してもらい、湯船に浸かる。
侍女のシアユンさん、ユーフォンさん、ツイファさん。女剣士のイーリンさん。司空のミンリンさん。村長フーチャオさんの娘で狩人のメイファン、ミンユー。護衛についてくれる衛士のメイユイ。司徒府で資材管理担当のスイランさん。農家の娘さんのクゥアイ。みんな、いる。
ほかにも大勢いるけど、だんだん、顔と名前が一致する女子が増えてきて、尚のこと照れ臭さが増してる気がする。
赤面してしまってるのが、自分でも分かる。お風呂の湯で上気してるように……、見えててほしい。
女子たちはキャッキャ楽しんでる。まあ、ずっとこっちに絡んで来られるよりはいい。
俺は、そーっと司空のミンリンさんを呼んだ。
でも女子たちはサッと静まり返って、俺の方を見てる。そうですよね。誰かをご指名するのなんて、初めてですもんね。
「し、仕事! 仕事の話! ほら、ミンリンさんって、司空でしょ?」
と、俺が言うと女子たちから笑いが漏れた。一瞬、何を笑われたのかと思ったけど、日本の感覚に置き換えると「ほら、ミンリンさんって、国土交通大臣でしょ?」というような響きになることに思い当たった。
呼び付ける地位の重さと、口調の軽さのギャップに吹き出してしまったのか。だって『司空』って言われても、まだピンときてないし、まあ、仕方ない。
女子たちがそれぞれ、近くの女子とのキャッキャに戻って賑やかさを取り戻すと、ミンリンさんが湯船の中を四つん這いにスススッと、側に寄って来てくれた。
「な、なんでしょうか……?」
と、上目遣いに聞いてくるミンリンさんの頬は紅潮してる。心の中で勝手に『土木好き黒髪インテリ巨乳陰キャ女子』と名付けてしまったミンリンさんも、なかなか迫力ボディだ。
とりあえず、その姿勢をやめてほしいけど、むしろ意識してると思われそうで、言い出せない。
もう、なんか里佳の姿とか、ユーフォンさんに『腰抜け純情野郎』って言われたこととか、頭を駆け巡ってしまう。けど、どうやっても落ち着くわけがないので、とりあえず、用件を先に進めよう。そうしよう。
「ミ、ミンリンさんのお仕事の、司空って、土木とか建築が担当って仰ってましたよね……?」
「はい。左様でございます」
「ひ、避難して来てる住民の方たちに……、か、仮設住宅って作ってあげられませんか……?」
最終城壁内を歩いたとき、女性の着替えも気になったけど、粗末な屋根だけの避難場所も気になった。あれじゃあ、落ち着かないよね。
「……そうですね。全住民を最終城壁内に避難させて10日は経ちます。雨の日もありましたから、あのままにはしておけませんね」
そう! 雨。
さっき最終城壁の上で剣士長のフェイロンさんと話したとき、最後にもう一つ質問した。
「剣士さんたちは、こんなに強いのに、どうして第3城壁と第2城壁は陥落したんですか?」
質問が直球過ぎるかとも思ったけど、フェイロンさんの答えは簡潔だった。
――雨です。
夜間に素早く動く人獣たちとの戦闘で、生命線である篝火の炎が雨で消えたり、火勢が弱まったりする。すると途端に視界が悪くなって、押し込まれる。
思い返せば俺が召喚された晩、第2城壁が陥落した晩も雨だった。城壁の四隅にある櫓のひとつで召喚されて、小さな窓から見えた外も大雨だった。
リーファ姫を抱えて逃げる頃には上がってたけど、戦線が崩壊するには充分な、どしゃ降りだったんだろう。油をかけたり、薪を多くしたり火勢を維持する工夫はしてたみたいだけど、あの雨では焼け石に水だったということだろう。
次、いつ雨が来るか分からない。
照明の雨対策は、早急にどうにかしたい――。