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32.初めての晩


日没前。昨日と同じく最終城壁(さいしゅうじょうへき)の下で戦闘を見守(みまも)りに行った。途中、フーチャオさんを(たず)ねて()()の件を相談したら快諾(かいだく)してくれ、そのまま城壁下にも同行してくれた。


なにか分かることがあるかもしれないと思って、昨日より少し城壁に近付いて立った。


今日も護衛(ごえい)に付いてくれてる衛士(えいし)のメイユイと、同行してくれたシアユンさんが、ピクッとなったけど、()められはしなかった。


剣士たちが姿を見せ、城壁に登って行く。近くで見ると(よろい)が傷だらけだ。あれだけ激しい戦闘を毎夜(まいよ)()(かえ)しているんだから無理もない。


城壁の上を進む剣士たちの(ささや)き声が、風に乗って聞こえてきたので、俺は耳をそば()てた。


――あれが?


――そう、マレビト様。


――幼馴染に?


――幼馴染に。


――スパッと?


――スパッと。


――不憫(ふびん)だな。


――不憫(ふびん)だ。


俺は、そっと昨日と同じ位置まで退(さが)った。せめて、剣士の声が聞こえないところまで。城壁の上から、チラチラ生温(なまあたた)かい視線が送られてくる。


あなた達、これから死闘(しとう)が始まるところですよね? たるんでますよ。


やがて、日が沈む直前になって剣士長のフェイロンさんが姿を見せ、俺の前に陣取(じんど)った。


日が沈み、人獣(じんじゅう)たちの(うな)り声が(ひび)き始めると、篝火(かがりび)に火が(とも)される。点火(てんか)のタイミングが遅くなってる。少しでも(まき)節約(せつやく)しようとしているのか……。確かに、どう考えても先は長い。


夜間の戦闘で、照明(あかり)の問題が大きいのは分かる。発電機(はつでんき)を作れるような知識と技術を持ってれば良かったんだけど……、いや、電球も作らないといけないのか。エジソンが()る。町工場の息子でも、そこまでの知識はない。


今晩の戦闘も変わらず激しい。次々に()び上がってくる虎や獅子(ライオン)、狼なんかの人獣が()え間なく(おそ)いかかってくる。


気が付くと身体(からだ)が汗でビッショリだ。剣士たちの戦闘を見守るのも、もう4回目だというのに、人獣の凶暴(きょうぼう)迫力(はくりょく)には()れない。


ふと、俺の横に立ってくれてるメイユイが青ざめた表情で、()(かた)くしているのが目に入った。昨夜(ゆうべ)は気が付かなかったけど、怖いよな。女子が来る場所でも、見る風景でもないよ。護衛(ごえい)してもらえるのは有難(ありがた)いけど、男の人はいないのか……?


シアユンさんはいつもの()めた表情で、眼前(がんぜん)景色(けしき)(なが)めている。篝火(かがりび)()らめく炎が、美貌(びぼう)妖艶(ようえん)に照らし出している。こんなに冷静沈着(れいせいちんちゃく)な人が、最初に風呂場に入ってきたときは顔を()()にして、あんなにモジモジしてたのか……。同じ人とは思えない。


フーチャオさんは、(あご)()でながら不敵(ふてき)な表情で剣士たちの動きを目で追っている。


フェイロンさんの姿が見えないと思ったときには、城壁の真下(ました)で落ちてきた人獣を斬っている。やっぱり、速い。人間相手なら無敵(むてき)なんじゃないかって思える速さだ。


日没から3時間が経過(けいか)する頃には、俺はムシャクシャし始めてた。自分の無力さに。


この国で、やってはいけないことなんだって(わか)ってはいたけど、自分の中のムカムカに()()れなくなって、つい足元の石を(ひろ)って目の前の人獣(じんじゅう)に投げ付けた。


(おおかみ)型の人獣のこめかみに命中して、動きを止め、即座(そくざ)短髪(たんぱつ)でガタイのいい剣士が()()せた。昨夜のオレンジ髪の小柄(こがら)な剣士は俺を激しく(にら)み付けたけど、短髪の剣士はチラッと見ただけで次の人獣に向かっていく。


その時だった。フーチャオさんが大声を上げながら、人獣に向かって石を投げつけた!


「お前ら! 畑に猪が出て一々(いちいち)剣士を呼ぶか? 俺たちも戦うんだよ!」


いつの間にか背後(はいご)に立っていた男たち10人ほどが、「おおっ!」と気勢(きせい)を上げながら、一斉(いっせい)に石を投げる。


男たちの中には、昨日、俺に下卑(げび)た笑いを投げかけてきた(やから)のような男もいた。人獣に当たったら「当たった! 当たった!」と喜び、外れたら悔しがっている。


剣士たちは明らかに戸惑(とまど)いの色を浮かべている。中には怒りの色を見せる剣士もいる。剣先が(にぶ)るようなことはなかったけど、動きの(しつ)が変わった。


これむしろ、邪魔(じゃま)してるんじゃ? と、(まゆ)に力が入ってしまった瞬間、フェイロンさんの大喝(だいかつ)(ひび)き渡った。


「王国の剣士が、石礫(いしつぶて)ごときに気を取られるな!」


こんな大きな声が出せる人だったんだという(おどろ)きもあったけど、剣士たちの動きは瞬時(しゅんじ)に元に戻り、次々に人獣を斬っていく。


(やから)のような男たちは、()まっていたものを()()すように、嬉々(きき)として石を投げ続けてる。どれほど効果があるのか分からないけど、当たれば人獣の動きに(すき)が出来てるのは分かる。そこを、剣士が斬る。


フーチャオさんと目が合うと、ニヤリと笑った。……おっさん、仕組(しく)んだな。


もう少し丁寧(ていねい)交渉(こうしょう)しようと思ってたけど、剣士長のフェイロンさんは石を投げ続けることに、特に何も言わなかった。


乱暴(らんぼう)なやり口だったけど、とにかく初めて住民が剣士たちの戦闘に参加した。


そして、この晩。


初めて、剣士たちに1人の犠牲(ぎせい)も出さずに、夜明けを迎えた――。



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