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30.残り時間


空がまた夕焼(ゆうや)けに()まり始める(ころ)宮城(きゅうじょう)の東に()り出してる『司徒(しと)()』に足を運んだ。


農業と治政(ちせい)が担当の責任者である、司徒(しと)小太(こぶと)りのウンランさんを(たず)ねた。食糧(しょくりょう)資材(しざい)を管理してるって聞いてたので、その内容を確認したかった。


さっき、俺のことを『腰抜(こしぬ)純情(じゅんじょう)野郎(やろう)』と()()()くれたユーフォンさんと、ツイファさんに()れて来てもらった。言うこと言えてスッキリしたのか、ニコニコしてる。


ウンランさんは人の良さそうな笑顔で俺達を迎えてくれて、資材管理が担当だというスイランという女子を呼んだ。


赤縁(あかぶち)の眼鏡をかけたスイランさんの、空色(そらいろ)の髪と凛々(りり)しい眉毛(まゆげ)、それに(ひか)え目な(ふく)らみに見覚えがあった。うん。眼鏡は外してましたけど、いました。お風呂場で(すで)に会ってますね。


ほどよい()()()()に高校の同級生にいそうだなぁ、なんて思っちゃってました。真面目(まじめ)そうな雰囲気に赤縁(あかぶち)眼鏡がお似合いですね。


「倉庫に収まっている食料や資材の管理は、すべてスイランが()仕切(しき)っておりますでな」


と、会議のときと同じ柔和(にゅうわ)な口調のウンランさんが紹介(しょうかい)すると、小柄(こがら)なスイランさんがペコッと頭を下げた。


スイランさんの案内で、倉庫をいくつも見て回った。食糧は充分に(たくわ)えられてるように見えたけど、実際、これがどのくらい()()ものなのかは分からない。その他にも、木材(もくざい)布地(ぬのじ)、鉄や金属なんかも、たっぷり蓄えられてるように思えた。


「北の蛮族(ばんぞく)から侵攻(しんこう)された場合に、王都の剣士団が派遣(はけん)されてくるまでの間、籠城(ろうじょう)して持ちこたえることを想定(そうてい)されています」


と、スイランさんが事務的(じむてき)なテキパキとした口調(くちょう)で説明してくれる横を、短い木材を(かか)えた男の人たちが通り過ぎた。俺は視線でスイランさんに説明を求めた。


篝火(かがりび)に使う(まき)です」


「そうか。大量(たいりょう)()りますよね」


「はい。ですが、今のところ心配するほどではありません。ウンラン様の指示で充分に(たくわ)えられておりましたから」


「食糧はどうです? あと何日もちますか?」


俺は一番聞きたかったことをスイランさんに(たず)ねた。毎晩、その(よる)をしのぎ切れるかどうか分からない状況ではあったけど、活路(かつろ)を見出すにしても、それは長期戦になるとしか思えなかったからだ。


「剣士たちが戦闘を継続(けいぞく)できるだけの体力を維持(いじ)できる配給量(はいきゅうりょう)だと、あと80日というところです」


「確かに、(はげ)しい運動量(うんどうりょう)ですからね」


「もし仮に、守りを固めて戦闘を避けられる方法が見付かって、救援(きゅうえん)を待つだけと仮定(かてい)したら約110日」


「救援が期待できるんですか?」


「……私見ですが」


「はい」


「正直、(のぞ)みは(うす)いと思っています」


「なるほど。良ければ理由を教えてくれませんか?」


「……ひとつは、救援を求める使者(ししゃ)を出しましたが、(いま)だ何の(しら)せも(とど)きません。昼間、活動の低下した人獣(じんじゅう)の間を()(くぐ)って行ったものですが、残念ながら、無事にたどり着けているとは、とても……」


なるほど。手出ししなければ攻撃してこないといっても、すごい数がいれば、()けながら進むのは簡単じゃない。というか、無理がある。


「……もうひとつは、(みな)、考えないようにしていることではありますが……」


と、スイランさんは凛々(りり)しい空色(そらいろ)(まゆ)をグッと寄せて目を()せた。


「人獣たちは南から現われました。……王都は南にあります」


そうか。なんで気付かなかったんだろう。ジーウォ(この)城は王国の北の(はし)っこに位置するって聞いてたのに。


(たす)けに来てくれるはずの王都も人獣たちに(おそ)われてるとしたら……。


「もちろん……」


と、スイランさんは顔を上げた。


「王都にも人獣たちが現われているとしても、王都(おうと)剣士団(けんしだん)撃退(げきたい)し、救援に来てくれることを信じていない訳ではありません。ですが、それには時間が必要でしょうし、それまでの間は、ジーウォの剣士団に持ちこたえてもらうしかありません」


そうだな。今は出来ることをするしかない。


「あと、食糧の備蓄(びちく)のことを補足(ほそく)してもよろしいでしょうか?」


「ぜひ」


最終城壁(さいしゅうじょうへき)内に避難(ひなん)させることが出来た牛馬(ぎゅうば)(つぶ)せば、あと20日は食糧が()きるのを()ばすことができます。ただ、戦後(せんご)復興(ふっこう)を考えると大きな支障(ししょう)になるので最終(さいしゅう)手段(しゅだん)です」


なるほど。絶望的な状況でも、先のことを考える人も()る。今晩(こんばん)生き残れるかどうかだけじゃなくて、生き残れた後のことも考えないといけない。たくさんの人の上に立つっていうのは、そういうことなんだな。


「さらに言えば、今は夏です」


夏なのか。過ごしやすいと思ってたけど、北の端っこってことか。


「ジーウォの農地はすべて第3城壁と外城壁の間にあります。うまく撃退できたとして、育ちの速い食物を()えて収穫(しゅうかく)することを考えると、50日で撃退できれば(みな)()えさせることなく過ごすことが出来ます」


スラスラ数字が出てくるスイランさんは、城の備蓄を完璧(かんぺき)把握(はあく)してるんだろうな。(たの)もしい。


それにしても、残り時間50日。ただし、毎晩の戦闘が、あの激しさで50日。途方(とほう)もない長さに思える。


ポンッと、あの女子たちとの混浴(こんよく)も50回って()かんでしまって、自分の頭をポカポカ叩いた。俺を囲んでる女子3人が、不思議そうな目で見てる。


な、なんでもないんで……。自分、腰抜けですから……。



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