26.気持ちのぶつけ先
「え――? なんでって言われても、弓は狩人が獣と鳥の命を奪うものだから?」
と、メイファンが子供のなぞなぞに答えるような軽さで、俺の問いに応えた。
「人獣って、人のカテゴリなの……?」
「だって、二本足で歩いてるじゃん。獣は四つ足だし、鳥には羽根があるでしょ?」
うーん。俺はちょっと頭を抱えてしまった。
「シキタリです」
と、メイユイが平然と言った。これも、シキタリか。
「人の命は剣士が奪い、鳥獣の命は狩人が奪い、草花の命は農民が奪う。ジーウォ城にはおりませんが、魚貝の命を奪うのは漁師です」
その時、突然、後ろから抱き付かれた。硬い胸板。太い腕。男だ。
「マレビト様。なにか見つけたかい?」
と、俺の肩に顔を乗せた村長のフーチャオさんが、明るい声で問いかけてきた。いいです。こういう感じがいいです。男子がじゃれあう感じ。まだ、自分、そういう年頃でした。精神年齢的に。
……そういうとこだったのかな? 里佳にフラれたのは。と、一瞬、落ち込んでしまった。
「お父さん!」
と、メイファンがフーチャオさんを呼んだ。あ。親子なんだ、そこ。
「おう。しっかり、稽古しとけよ。あのバケモノどもがいなくなったら、すぐに狩りだ。たぶん、畑は荒らされてるからな。お前たちの弓矢が頼みになる」
「はいっ!」
と、敬礼したメイファンが、妹のミンユーさんのところに駆けて行って、また弓の練習を始めた。
「どうだい、俺の娘たちは?」
と、フーチャオさんは俺の肩に顔を乗せたままで言った。
「スタイル良かっただろ? 出るとこ出てて、胸も尻もデカくて」
「あ……、え?」
「風呂場でしっかり見てくれたんだろ? なかなかのモンだったろ?」
「あ、いえ、あの……」
俺が知ってる親娘関係と、あまりにも違って、どう反応していいか分からず戸惑う。いや、世の中にはそんな親娘もいるかも知れないと考えたことあるけど、実際に出会うと面食らってる。
里佳の親父さんも冗談交じりに「別嬪だろ?」くらいなことは言ったことがある。
けど、自分の娘のスタイルの良さを、こんなにあけっぴろげに自慢してこられるとは。しかも、嫌味がなくて、むしろ爽快にさえ感じるところが意味不明だ。世の中にはいろんなタイプの人がいる。
「すごく、お上手ですよね。弓……」
「おう! 俺の娘は、弓の腕前も一級品だ」
「フーチャオさんも狩人なんですか?」
「いや? 俺は農民だよ」
「え?」
「祖霊の導きのままにってヤツだ。王様やお貴族様にはなれねぇが、平民はやりたいことをやるのさ」
意外だ。これだけ『シキタリ』に縛られてるのに、職業選択の自由はあるのか。
「剣士も?」
「もちろんだ。逆に王族やお貴族様で、剣士になる酔狂なお方なんざいねぇよ。親が剣士ってヤツも多いけど、親は農民、親は商人ってヤツも大勢いる。ウチのフェイロン様だって、農民の出だしな」
俺達の視線の先では、メイファンとミンユーが弓の練習を続けてる。大きくて長い弓を使うメイファンは離れた距離から、小ぶりな弓を使うミンユーはそれより近くから。黙々と矢を放ち続けてる。
「質問があります」
「なんだ? なんでも聞いてくれ。マレビト様の思う通りにってのは、俺が言い出しっぺだからな」
「気性の荒い住民でもいいので、いや、気性の荒い住民の方が向いてるのか……。人獣との闘いに加わりたい方はいると思いますか?」
ふむ。と、言ってフーチャオさんは俺の背中から離れた。しばらく考えた後、メイファンとミンユーの方に視線を向けた。
「あいつらのジイさん、俺の嫁っ子の親父は、あいつらの目の前で人獣に喰われた」
俺は、ハッとして2人を見た。黙々と弓の練習を続けている。
「最終城壁の中まで逃げ込めたヤツで、身内を喰われてないヤツは珍しい。元々流れ者で身内がいないヤツを除いてな。腹に喰い付かれながら『逃げろ』と叫ぶ義父さんの声で、我に返った俺が娘と嫁っ子を引き摺るように、逃げた」
剣士を除く住民の、約4割が犠牲になってると聞いていた。でも、俺はその意味が分かってなかった。
「俺と義父さんが酒を呑んでたから、油に火を灯してた。貂みてえな面した、ちっこいヤツだった」
虎、獅子、狼以外にも、小型の人獣がいるのか……。フーチャオさんは、しばらく黙ってメイファンたちを見詰めてから、口を開いた。
「気持ちのぶつけ先に困ってるヤツは、大勢いるだろうな」