247.霊縁(12)ジンリー・ラハマ
シーシの作った蒸気自動車の試作第1号に試乗させて貰って、部屋に戻るとジンリーの荷物がキレイに整頓されて広げられていた。
「マレビト様が召還されたと聞いて、これで救かったと思ってたら、私たちを働かせる働かせる……」
「あ……」
「篝火に屋根を付けると聞いた時は、開いた口が塞がりませんでした」
「なんか、すみません……」
第3城壁の外側に広がる農地を2人で歩いた。
間もなく実りを迎える小麦が収穫されれば、食糧事情が一旦安定する。
「ミンリン様もシーシ様も女っ気のない方ですけど、本当はお美しいし、今度のマレビト様はどこ見てんだって思ってました」
「そ、そうか……」
「でも、屋根付き篝火をズラッと並べて点火した時、離れた剣士府から強い視線が届くみたいで……」
俺が剣士府で演説した時、点火してくれた職人さんの中にジンリーもいたのか。
「私たちが作るもので、人の気持ちを動かせるんだって……、身体が痺れたみたいにブルブルッてなりました」
「そうだね。ジンリーたちが作ってくれたものは、どれも人の心を動かす名作ばっかりだった」
「もう! そうやって、シーシ様やミンリン様を乗せていくから……」
「あ、はい……」
と、ジンリーが立ち止まった。
「ここ、お母さんの畑なんです」
「そうか」
2人でしゃがんで、実った小麦の穂を眺めた。
「今は、クゥアイが使ってくれてて安心です」
「それは安心だ」
「種蒔きの時期が遅れたから心配してたんですけど、ちゃんと育ってくれて良かった」
ジンリーは愛おしそうに、穂をひと撫でした。
「お父さんと、食事しました……」
「そっか」
「お父さんも、マレビト様に乗せられて……」
ジンリーの父親は放蕩者で奥さんに家を追い出された、あの片腕のニイチャンだ。
「遠くから、あんなにジッと見続けられるくらいなら、近くで見張ってた方がマシです」
「そうだね、それがいいよ」
「もう、マレビト様のせいで大変です」
「ふふっ。なんか、ごめんね」
「皆んな、どんどんマレビト様に乗せられて、ジーウォはずっとお祭り騒ぎです」
というジンリーの横顔は、出会った頃より少し大人びてきた。今はシーシの右腕として望楼改築の責任者を務めてくれている。
「私のことも……」
「ん?」
「最後まで、乗せていただけませんか……?」
と、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
そのまま、寝室に戻って、むしろこっちが乗せられた――。
視界に紋様が加わり、霊縁が結ばれたことが分かる。
「シーシ様が仰ってたでしょう……?」
と、俺の胸に頭を乗せて、息を整えるジンリーが口を開いた。
「ん?」
「とてもいいって……」
「え?」
「私のおっぱい……」
「あ、うん」
「どうでした?」
「あ、や……。とても……、良かったです……」
「なら、良かったです」
と、はにかむ笑顔にもう1回、乗せられた。
◇
「これまでのマレビト様が啓かれた理は『呪学大系』って書物にまとめてあるんだけど、王都に置きっ放しなのよねぇ」
と、リーファが言った。ピタッと密着する肌が少し汗ばんで、夏の訪れを感じる。
「えっ? 取りに行こうよ」
「今シーシが作ってくれてる馬車で軽く10台分はあるのよ」
「そんなに?」
便宜上、馬車と呼び続けてるけど、ちょっとした観光バスくらいのサイズがある。蒸気自動車に連結して使う予定だ。
「だから、記憶を頼りに要点だけ復元を進めてるんだけど……」
「それは大変だわ」
リーファと少しずつ呪術の勉強を始めている。俺が啓いた17の理は比較的触りやすかったけど、それ以外の89の紋様は無秩序な配列にしか見えず、リーファの手解きを受けていた。
「ひとつ増える度に、さかのぼって別の理が解釈できたり、それぞれ密接に絡み合ってるのよねぇ」
と、お茶を淹れながらリーファが笑った。
「だから、全部が解き明かされたら、パズルのピースが埋まるみたいにピシって全部解る……、かもしれないわね」
「そっか、なるほどね」
「私たちマレビトじゃない呪術師には相性があるし……」
リーファは治癒の呪術や探知の呪術に挑んでいたけど、うまく配列を動かすことが出来ずにいた。
「配列を組み合わせると祖霊が天帝に働きかけて、呪術の効果が顕現するっていう機序ね」
「さすがは呪学の権威」
「ふふっ。受験勉強してた時みたいだね」
「立場は逆になっちゃったけど」
「数学や物理を、勇吾がずっと見てくれたの嬉しかったなぁ」
ところで、無秩序に見える紋様の中で、俺にはひとつだけハッキリ分かるものがあった。
ああ、これを押せば地球に帰れるんだなぁという、天帝直通の「スイッチ」だ。
でも、ここまで来たら、どうにかして里佳と一緒に帰りたい。諦めなければ、きっと何か手が見付かる筈だ。
そっとリーファを後ろから抱き締めて、肩に顎を乗せた。
「なになに? どうしたの?」
「ずっと、一緒がいいなあ」
「そうね……。私も同じ気持ち……」
◇
翌日、ラハマと馬で遠駆けに出た。
小高い丘から見るジーウォ城は、人獣よけの金属板が陽光を反射して、とても立派な要塞に見える。それに、改築中の望楼が城壁からニョキっと顔を覗かせ始めている。
だけど、世界中でここだけに人間がいるって思うと、ちっぽけにも見えた。
「我が主よ……」
と、並んで城を見詰めるラハマが言った。
「我は武人だ。言葉を重ねることは不得手だ」
「うん」
「我と……」
ラハマは射るように真剣な眼差しを俺に向けた。
「破廉恥を一戦、対戦願いたい!!!」
即、対戦した――。
視界でゆるやかに蠢く紋様が、またひとつ増える。
「約束を果たせた……」
と、俺の腕の中でラハマが言った。
「約束?」
「我はジーウォ公の妾になると言った」
「あ、ああ。そっか……」
「乙女が純潔をかけた約束は重いのだぞ?」
「忘れてた訳じゃないよ。ただ、こんなに穏やかな気持ちで……、ラハマの約束を果たせるなんて思わなかったなあ……、って」
「そうか。それもそうだな……」
と、2人で見上げた空は抜けるように青かった。
寝室に戻って、もう1戦、対戦願った。
気持ちの上では1勝1敗。勝敗の基準は俺とラハマ、2人だけのものだ。あの鬼強くて頼もしかったラハマの寝顔が可愛くて、褐色の肌をそっと撫でた。
するとラハマは薄く目を開け、頬を赤くした。
「破廉恥だぞ……。我が主……」
か……、可愛いが過ぎる。
そりゃ、もう一戦挑みますよ――。




