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226.里佳の事情⑦


勇吾との7回目の交信を()えて、私は病室のベッドに()(しず)めた。


初代マレビト、佐藤さんの経営する病院は、こじんまりしているけど、清掃(せいそう)が行き届いていて気持ちがいい。


「困ったことがあれば、いつでもおいで。一応、ボクの子孫(しそん)(わけ)だしね」


と、言ってくれた佐藤さんに甘えて入院させてもらった。


その笑顔はとってもキュートで、(リーファ)の遠い祖先が変態色魔ではなく、品のある素敵な中年紳士(おじさま)であったことに、妙な安心感を覚えていた。


勇吾はこれから3代マレビトを(さが)す冒険の旅に出てくれる。(リーファ)の眠りを覚ますために危険を(おか)す彼氏だなんて、お姫様気分だ。


実際、お姫様なんだけど。


翌日は勇吾の言った通り、交信がなかった。急に不安で一杯(いっぱい)になったけど、佐藤さんが仕事の合間(あいま)に話し相手になってくれた。


「ダーシャンと地球(こっち)では、自然(しぜん)法則(ほうそく)がまったく違うんだ」


「へえ……」


「数学、苦手じゃなかった?」


「苦手でした!!!」


物事(ものごと)認識(にんしき)するのに、ダーシャンの回路(かいろ)が残ってるんだと思うなあ、たぶん」


なんということだ。あの苦労は異世界生まれのせいだったのか……。


「たぶん、遺伝子(いでんし)の数も違ってたんじゃないかって思うんだ。向こうには機器(きき)試液(しやく)もないから確かめようがないんだけど」


佐藤さんは地球に帰ってからも、色々と考え続けていたそうだ。


「それだけ刺激的(しげきてき)な14年だったからね」


と、(なつ)かしむ目をした。


(リーファ)が勇吾を召喚した呪術(じゅじゅつ)がどう働いていたかの推論(すいろん)にも付き合ってくれた。


「考えられるのは2つだね」


「2つですか」


「ひとつは、対象のマレビトが生まれた時点まで時間を(さかのぼ)って、近くに生まれた。だから、彼氏さんが召喚された時点で相互(そうご)の時間が動き始めた」


「なるほど」


「もう一つは、実際に召喚されるまで、時間の流れが止まっていた。虚数(きょすう)時間みたいなものかな?」


「虚数時間かぁ……」


数学は苦手なのです……。受験に間に合わせるので精一杯で……。


「でも、ボクは時間を(さかのぼ)ったって考える方が好きかな。ロマンチックで」


「え?」


「里佳さんの(たましい)がこっちに飛んでくるでしょ?」


「あ、はい」


「それからマレビトを見付けて、一目(ひとめ)()れするんだ」


「えぇ――?」


「それで、幼い頃から見守ろうって決めて時間を(さかのぼ)るんだ。ビューン! って。……ロマンチックじゃない?」


「ふふっ。ほんとですね。SFみたい」


佐藤さんは私の緊張や不安を(ほぐ)すように、雑談に付き合ってくれた。


それに、理系でお医者さんでもある佐藤さんの異世界(ダーシャン)への考察(こうさつ)興味(きょうみ)(ぶか)く、勇吾からの交信がない1日の(さみ)しさと不安を()めてくれた。


さらに翌日の晩。手鏡(てかがみ)が光り始めて、勇吾からの交信が(とど)いた。


「3代マレビトを連れて帰れたよ」


と、(おだ)やかな表情で伝えてくれた。


「ちょうど今日、ジーウォに帰り着けたんだ」


「そう……」


私に会いたい一心で、56日に(およ)ぶ大変な旅をしてくれたんだと思う。胸が()まった。


「この交信が終わったら、スグにリーファ姫の目を覚ましてもらうけど……」


「分かった」


「それでいい?」


「うん。嬉しい」


「あの……、異世界(こっち)の1時間って、地球(そっち)では2分くらいだから、ほんとにスグになるけど……」


「あ、そか」


下手(へた)したら数秒ってことになると思うんだけど、せっかく交信できたし、なにか準備あるなら待つけど?」


「えっと、そだね。佐藤さんにだけメールしときたいから5分ほしい」


「分かった、合わせるよ」


「待たせて、ごめんね」


「ごめんは、もういいよ」


と、勇吾は笑った。


それから交信が途切(とぎ)れるまで、勇吾の旅の話を聞いたけど、2人とも(うわ)の空だった。なにしろ、間もなく実際に会えるのだ。


「じゃあ、また後で」


「うん……。また、後で」


と、交信を終えた。


そして、私は佐藤さんに「いってきます」とメールを打ち、ベッドに横になった。


……5分は、長かったな。


ドキドキしたまま病室の天井(てんじょう)を見上げてその時を待ち、ちょっと不安になった(ころ)、白い光に(つつ)まれていった。


やがて光が(おさ)まっていき、真っ暗な部屋で目を開けると勇吾の気配がした。


「里佳?」


と、私の顔を(のぞ)き込む、勇吾の影。


私は寝台(しんだい)から飛び起きて、勇吾に()き着いた。


「勇吾……」


勇吾は私を優しく抱き()め、そっと頭を()でてくれた。


「おはよう」


勇吾の言葉に涙が(あふ)れて来て、私も強く抱き締め返した。


「ふふっ。おはよう」


こうして、私ことダーシャン王国第4王女リーファ姫はジーウォ城に帰還(きかん)()たした。


マレビト召喚から261日目の、まん丸に満ちた満月が照らす、明るい夜のことだった――。



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