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193.抱き締め大浴場(2)


「ん? アスマ、もう一回、言ってくれる?」


「我が(あるじ)(おも)い人のことを教えてもらえないだろうか……」


それは、左腕を()()()ながら聞くことなのだろうか……?


「ど、どうしたの? 急に?」


「この大浴場には、これだけ美しい者たちが(そろ)っているのに、我が主は、自分からは(さわ)ろうともしない」


「あ、うん……」


「我が主に、そうまでさせる(かた)がどんな(かた)なのか……、気になった」


「そっか」


「イヤなら、(かま)わないのだか……」


「ううん。そんなことないよ」


今さら隠すようなことでもないし。シアユンさんには初日に(つつ)(かく)さず話して、純潔(じゅんけつ)乙女(おとめ)会議(かいぎ)力説(りきせつ)されてしまってるし。


純潔(じゅんけつ)乙女(おとめ)会議(かいぎ)(なつ)かしいな。


「なにか、変なことを聞いてしまったか……?」


「ううん。どうして?」


「いや、我が主が笑ったので」


「あ、そっか。違うんだ。ちょっと思い出し笑いをしてしまった」


思えば遠くに来たもんだとは、このことだ。昨日のことのようでもあり、随分(ずいぶん)前のようでもある。


「そうだな。里佳(りか)は……」


「うむ」


「犬が苦手なんだ。こんな小さな犬でも怖がって、俺の陰に隠れてしまうんだ」


「そうなのか」


「それから、めちゃくちゃ食べる。2人前はペロリと食べてしまう」


「ほう。女性なのにか?」


「そうなんだ。親父さんたちが飲食店を経営してるからかなあ? 家が(となり)で、どっちも両親の帰りが遅い家だったから、毎晩一緒に食べてたんだけど、とにかくスゴく食べるんだ。それも、美味(おい)しそうに」


「美味しそうに食べるのは、良いな」


晩飯(ばんめし)食べたら、映画を見ることもあって……」


「エイガ?」


「ああ、えっと、お話や物語を見るんだ。それで、お(たが)い感想を言うんだけど、これがほとんど一緒」


「ほう」


「たまに里佳の(するど)い見方に(うな)らされるんだけど、俺が(うな)らせることもあって。そんな時は、話が終わらなくて夜更かしして話し込んで」


「うむ……」


「悩んでたりしたら相談にも乗ってくれて。また、鋭いこと言って気付かせてくれたり。そんな鋭い里佳なのに、数学や物理は大の苦手で、俺が付きっきりで受験勉強に付き合って…………」


あれ?


「……どうした? 我が主よ」


……なんだろ。


「我が主?」


頭が真っ白だ。あれ?


(ほほ)に……、(しずく)……? 泣いてるのか? 俺?


里佳――?


頭の中に次々に里佳の映像が浮かんで、消えていかない。


映画館で一緒の里佳。


台所で一緒の里佳。


教室で一緒の里佳。


スーパーで一緒の里佳。


ソファで一緒の里佳。


道で一緒の里佳。


美術館で一緒の里佳。


俺の部屋で一緒の里佳。


コンビニで一緒の里佳。


プールで一緒の里佳。


駅で一緒の里佳。


里佳の部屋で一緒の里佳。


水族館で一緒の里佳。


バーベキューで一緒の里佳。


海で一緒の里佳。


リビングで一緒の里佳。


(となり)で一緒の里佳。


隣で……。


隣に……。


隣……。


――むにゅん。


閉じた(まぶた)に、柔らかい感触が強く押し当てられた。


「もう」


と、メイファンの優しく笑う声がした。


「アスマは(あせ)り過ぎよ」


頭を胸に強く()()められたのか。


「……す、すまぬ」


「悪くはないよ。気持ちは分かるもん」


「いや……」


「……マレビト様はねぇ」


「う、うむ」


「イケてる君主様だけど、最初から君主様だった訳じゃないの」


メイファンは抱いている手で、俺の頭を()でた。


「ふつーの男の子なのよ。知らない所にいきなり(ほう)り出されちゃって、それなのに知らない私たちのために頑張って、頑張って、頑張ってくれてるけど、ふつーの男の子」


「そうか……。そうなのだな……」


「今はイケてるけどね! ()んなメロメロになっちゃうくらいにねっ!」


「う、うむ……」


メイファンは(あご)を俺の頭に乗せた。顔の上半分が柔らかな感触で()め付けられる。


「マレビト様?」


「ん……?」


「今は悲しいことまで(かか)()れないよ?」


「うん……」


ふっと、抱き締める力が(ゆる)んだ。


――むにゅん、むにゅん。


こ、これは……、パフパフというヤツなのでは……?


「気持ちい?」


「……お、面白がってるだろ?」


「ひひっ! 分かるぅ?」


「分かるよ……」


「あっ! マレビト様。ちょっと笑えたね! ()っこしてあげる!」


と、頭をギュウっと抱き締められて、顔にメイファンの柔らかな(あつ)が押し付けられる。


「アスマも抱っこしてあげよっ! さっ」


「う、うむ……。こ、こうか……?」


――むにんっ。


と、身体(からだ)の左側がアスマの柔らかな感触に包まれて、伸びた両腕が俺を抱き締めた。


メイファンの柔らかい()で視界が塞がれたまま、2人の身体(からだ)(ぬく)もりが(じか)に伝わってくる。


洗い場の方から「私も!」「私も……」「私もー!」と、声が聞こえた。


――ぱにゅ。


――ふにゅん。


()んなが代わる代わるに、後ろから右側から、俺のことを抱き締めてくれる。


――くにっ。


――ぷにゅう。


――ぷるり。


――むきゅ。


()んなのキャッキャと(ひび)く声に(まぎ)れて、メイファンがアスマに(ささや)く声が聞こえた。


「こんな時でもねぇ、アスマを傷付(きずつ)けてしまったんじゃないか? って思ってるのが、マレビト様なの」


「……私もそう思う」


「私たちのこと、一人ひとり、大事に大事に(おも)ってくれてて……、イケてるよね!」


「その通りだ」


「だから、もしアスマが傷付いちゃってたら、傷口(きずぐち)ふさがるまでギュウッて抱っこさせてもらっちゃえ!」


「ふふっ。そうさせてもらおう」


「そうそう! いけいけ!」


――むにんっ。


と、左側から抱き締めるアスマの力が強くなった。温かな肌の熱が優しく()みてくる。でも……、さ、最強騎士なんですから、力は加減(かげん)してくださいね……。


――ぱにゅん。


――くにゅ。


――ふにん。


その間も、次々に柔らかな感触が俺を抱き締め、温めてくれる。大事に大事に想ってもらってるのは、俺の方だ。


――ぱむっ。


()まってしまった心を、ゆっくりと温め、(いや)してくれる()んなの優しさに、胸がいっぱいになっていた。……のが、半分。


もう半分は、感触だけでほぼ(だれ)なのか分かる自分に、正直、引いていた。


――むにゅう。


ミンリンさん。


――くむっ。


ホンファ。


――むにゅん。


メイファンに()た感触なのは、妹のミンユー。


――ぷにっ。


クゥアイ。


――たむっ。


あれ? これは誰だろう?


――ぽにゅ。


ラハマまで。


終わりかな? ()んな、ありが……。


――ふぁ。


シアユンさんですね。今、全身、()()ですよね? 確実に()()ですよね?


ありがとうございます。気持ちが、とても嬉しいです。


里佳のことを忘れられた訳じゃないけど、里佳のいない心の大きな穴が()まった訳じゃないけど、俺の中の里佳まで一緒に、()んなに()()めてもらった気がしたよ。



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