185.かもしれない秩序(1)
「大夫たちのことはともかく、一度、ズハン殿の話をよく聞いていただけませんでしょうか?」
と、スイランさんは真っ直ぐ俺を見詰めたまま言った。
「ズハン殿は私には偉ぶるところもない方でした。この資料もまるで私に引き継ぎをするように、丁寧にまとめてあります」
うーん。地下牢で俺に毒づいてばかりのズハンさんとイメージが一致しない。
「ズハン殿は、元々はウンラン様が王都から来られたときに、一緒にお移りになられた方です。この資料に目を通せば通すほど、今さらながら、何か訳があるような気がしてならないのです……」
「分かりました。一度、じっくり向き合ってみます」
そろそろシャオリンとの約束の時間なので、執務室を出ようとした時、スイランさんが何気なく尋ねてきた。
「母が外征隊に加わるという話は本当ですか……?」
「ええ。ヨウシャさんが志願してくださったと聞いてます」
「……ホントに何を考えているのか」
「ヨウシャさんから聞いたんですか?」
と、俺が尋ねると、スイランさんが険しい顔付きをした。
「母とはもう何年も話しておりません」
「あ……、そうなんですね……」
「考え方が合わないのでございます」
それ以上の質問を受け付けない感じだったので、俺はそのまま部屋を出た。
お母さんを亡くしたジンリーもいれば、近くにいるのに分かり合えないスイランさんもいる。この小さな小さな城の中でさえ、人それぞれだ。
シャオリンが密かに大夫たちを集めてくれた部屋に入ると、これまた皆んな揃ってエビス顔。こわいなぁ、貴族って。
と思いながら、席に着いた。
ズハンさん以外にジーウォ城に残る大夫は4家。皆んなズハンさんとは違って、数代前からジーウォという家柄だ。
見ると奥の方にディエも座っている。シャオリンではなく、父親に同席を求められたようだ。
「ズハン殿のお加減はいかがですかな?」
と、代表したエビス顔が尋ねてきた。
「もうしばらく、隔離が必要ですね」
「とはいえ、既に10日以上。そろそろ我らも見舞いになど伺いたいのですが……、はて? どちらで療養されているのやら」
「それには及びません。宮城衛士団がキチッと看病しておりますから」
後ろに座ったエビス顔のひとつが、般若の顔付きになって呟いた。
「……我ら大夫を蔑ろにされては、治まるものも治まりませんぞ」
ま、そういうご用事ですよね。俺も冷ややかに答えた。
「と、言うと?」
代表のエビス顔が取り繕うように、阿った声を上げる。
「なになに。我ら大夫には長きに渡ってジーウォの統治に関わってきた知恵があり申す。マレビト様にもそれを活用していただきたいというだけの話ですよ」
「なるほど」
「私は娘のディエも捧げておるのですぞ。マレビト様への忠義に揺るぎございません」
そうか。この代表エビス顔がディエのお父さんか。後ろを見るとディエが青ざめた顔で俯いている。
そりゃそうだ。自分を道具のように言われたら、そういう反応にもなるよね。俺もあまりいい気分はしない。というか、不愉快だ。
俺はスッと顎を上げて身を反らした。
雰囲気を変えた俺にエビス顔たちが身構えるのが分かった――。