160.驚愕の大浴場(2)
なんだか、もみくちゃにされたような気分でもあるけど、湯船にはゆったりと浸かる。
皆んなは、いつも通りのキャッキャに戻ってるし、マリームにはメイファンとシュエンが楽しげに話し掛けてる。
ラハマはイーリンさんと話し込んでる。
直接ではなくても、お互い刃を交えた者同士のはず。通じ合うものがあるのか、あるいは興味があるのか。
話の内容までは聞こえてこない。
見るとミンリンさんをシーシが押し留めてる。
すぐにでも牢の木格子のことを聞きたいだろうミンリンさんに、タイミングが大事ってシーシが話して聞かせてるようだ。
うん。あの勢いだと、いきなり質問攻めにしそうだもんな。シーシ、ナイス判断。
あ、シアユンさんもミンリンさんのところに行った。
「湯とは気持ちの良いものだな」
と、俺の横で湯に浸かるアスマが言った。
「初めてですか?」
「うむ。湯浴みはするが、湯に浸かるということはしなかったな。あとは、サウナだ」
北国っぽい。勝手なイメージだけど。
「不思議な景色だ」
と、アスマは浴槽の中でキャッキャしてる女子たちを眺めた。
「太保殿をはじめ身分の高い者から、そうでない者まで、皆、楽しそうに湯に浸かっている」
俺も改めて湯船に浸かる皆んなを眺める。
「大浴場はジーウォ公の理想が詰まった場所なのだな」
と、アスマがしみじみとした笑顔を俺に向けた。
――いえ、100%成り行きです。
とも言えず、曖昧な笑みを返してしまった。
湯面越しに揺らめいて見える、アスマの褐色の立派な膨らみを、ついチラ見してしまう。
――ついに、やってしまった。
でも、見るよ。だって立派なんだよ。
「ユーフォン殿とツイファ殿から、様々にお話を伺った」
「あ、はい……」
「正直に言えば、我らリヴァントの者からすれば、ダーシャンの呪い師が呼ぶ異世界の者を、良くは思っていない」
「そうでしょうね」
アスマはサラッと『ダーシャン』と言った。城壁で話したときは『シャン』と言っていた。
『ダー』には、偉大なとか大きなという意味があるらしく、城壁ではそれを省いていた。
「だが、ジーウォ公は違った。呪いではなく、一人ひとりの人間と交わり、心を動かし、城をまとめ上げた」
こ、こそばゆいですね……。
「生まれではなく、皆に望まれて君主の座に登られた。心底、羨ましく思うし、心底、お仕えしたいと思った」
「あ、ありがとうございます」
「私が玉座にあるうちに出会えれば良かったのだが、ままならないものだな」
というアスマの笑顔に曇りはなかった。
新しい一歩を踏み出すのに迷いが無くなったのは分かった。
だけど、すぐに表情に暗いものを漂わせた。
「ただ……、伺った話を繋ぎ合わせれば、リヴァントも無事とは思えぬ……」
「そうですね……、分からないですけど」
「いずれにしても、あのバケモノ……、人獣たちを退けなければ、どうしようもない」
「ええ……」
「ジーウォ公が大切に思われる公国の民が許してくれるのならば、我らも闘いに加えてもらいたい。私もこう見えて聖堂騎士の一員でもある。力になれると思う」
「ありがとうございます。皆と、よく話してみます」
「よろしく頼む」
と、アスマは目を閉じて、湯船の縁にもたれて身を反らした。
……チラ見は、グッと我慢した。
「責を負うジーウォ公には申し訳ない限りだが、信頼できる君主に身を委ねるというのは、こんなにも心地良いものなのだな。父王の治世にも、兄王の治世にも感じることはなかったぞ……」
そう言って、アスマは穏やかな表情で湯に身を深く沈めた――。




