157.ユニゾンの地下牢(2)
地下牢で北の蛮族こと、リヴァント聖堂王国の追放女王アスマと向き合った。
こちらはシアユンさん、ツイファさん、ユーフォンさんと俺の4人。
アスマの後ろには、聖堂騎士だというラハマと侍女のマリームが座った。
アスマは18歳で俺と同い年、ラハマは17歳、マリームは16歳ということだった。皆、若い。
ひんやりとしてるけど換気の良くない地下牢の一室は、女子のいい香りで満ちて少しこそばゆい気持ちにもなる。
「3人でよく話し合った」
と、アスマが言った。
「しかし、話し合うというのは難しい。なかなか2人の本音を聞くことが出来なかった」
「陛下は我らに君臨される身。本来、我らの考えなど……」
と、俺が心の中で褐色女子(大)と呼んでいた、聖堂騎士のラハマが言った。
アスマが諭すような口調で、ラハマに目を向けた。
「それで私は追放の憂き目に遭ったのだ……。それに、私はもう陛下と呼ばれる身ではない」
「陛下は陛下です」
と、同じく心の中で褐色女子(中)と呼んでいた、侍女のマリームが小さく呟いた。
「陛下は追放などされておりません。我らが彼奴らを捨てたのです」
ラハマとマリームが、アスマのことを心から慕っているのが伝わってくる。
「ジーウォ公」
と、アスマが俺のことを呼んだ。
「私は貴公に臣従したいと思っている」
後ろのラハマとマリームは、あからさまに不満な顔をしたが、反対の声までは出さない。
俺はシアユンさんたちの方を向いて、視線で意見を求めた。
逡巡するシアユンさんより先に、ユーフォンさんが口を開いた。
「いいんじゃない? マレビト様がいいなら、私はいいと思うけどな」
アスマはユーフォンさんの笑顔をジッと見詰めた。
「正直、私は戸惑っております」
と、ツイファさんが口を開いた。
「北の蛮族……、いえ、リヴァント聖堂王国の方と言葉を交わしたダーシャンの臣民は、両国の500年の歴史の中で、恐らく私たちが初めて。まだ、受け止め切れておりません」
アスマがツイファさんに応える。
「まずは、両国に諸暦あるにも関わらず、我らをリヴァントの名で呼んで下さったことに感謝申し上げる」
と、アスマさんが頭を下げると、ツイファさんもお辞儀を返し、それを見たラハマとマリームも小さく頭を下げた。
俺が視線を向けると、シアユンさんが静かに口を開いた。
「マレビト様がお信じになられたアスマ陛下を、私も信じたいと思います」
ラハマとマリームがシアユンさんの顔を見詰めた。
「ただ……」
と、シアユンさんは一度、言葉を切った。
「やはり、心の問題です。我らは長年に渡って刃を交えてきた者同士。公国の民の心がアスマ陛下たちを受け入れられるかどうか、それが一番の問題かと存じます」
「感服した」と、アスマが言った。
皆の視線が、場違いにも思えるようなアスマの爽やかな笑顔に集まった。
「ジーウォ公の臣下は、言いたいことをなんでも言うではないか。ジーウォ公もそれを熱心に聞いておられる」
アスマは少し寂しげに目を伏せた。
「私もかくあるべきであった……」
ラハマは無表情に前を見据え、マリームは眉を寄せ身を強張らせて俯いた。
しばしの沈黙の後、ラハマが表情を動かすことなく口を開いた。
「陛下は悪くございません。陛下は想いを語られた。それには何も答えず、陰でコソコソと謀を巡らせた聖職者どもが陰湿で狡猾なのです」
「そうです。聖職者、聞いているフリだけして……。陛下がお可哀想です……」
と、マリームは涙を一粒、こぼした。
「ありがとう……」
アスマが天を仰いだ。
「其方らが、そのように想ってくれていたことも……、余は……、初めて知った……」
シアユンさんが、いつもの氷の女王スマイルで、でも、いつもより優しい口調で話し掛けた。
「アスマ陛下……。マレビト様が……、ジーウォ公が特別なのでございます。ダーシャンの王や貴族も、このように我らの話を聞いてはくれませぬ……」
アスマはシアユンさんの顔を、真っ直ぐに見据えた。
「噂に聞く太保殿とお見受けする」
「恐れ入ります……」
「心の底から羨ましいぞ、太保殿。かような君主に仕える其方らも、かような臣下を持つジーウォ公も」
シアユンさんは黙って頭を下げた。
「民の心の問題。太保殿の仰る通りである。我がリヴァント聖堂王国においても、神の言葉ではなく、人の言葉を聞くべきであった」
アスマはラハマとマリームの方に向き直って、悲しげな笑みで言葉を掛けた。
「口惜しいのう……」
ラハマは無表情なまま一筋の涙を流し、マリームは俯いたまま肩を小刻みに揺らした――。