130.動き出す気持ち(3)
ヤーモンが剣士団から離れることを、コンイェンが擁護していた。
そのことに、俺は軽い衝撃を受けていた。
「『マレビト様の言葉を受け入れるのもまたシキタリである。シキタリに従うヤーモンに咎はない』と、皆を説き伏せましてな」
あの、住民の戦闘参加に激しく反対していたオレンジ髪の小柄な剣士が。
「あれはあれで優秀な剣士です。一番強く反対していたコンイェンの言葉だけに、皆も納得せざるを得ませんでした」
「それじゃ、コンイェンは計算して……」
「ふっ。訳が分からなくなるまで頭に血を上らせて、人の恋路を暴露するような男ですぞ?」
「ははっ。それもそうですね」
そんなこともあったなって、剣士府での出来事を思い出した。
シーシが城壁の上で大きな丸をつくり、剣士の皆さんが俺に跪いて忠誠を誓ってくれた日から、2週間以上が経っている。
ヤーモンを、フーチャオさんの代わりに兵士団に……。うん、悪くない。
「分かりました。フーチャオさんにも話してみます」
と、フェイロンさんに応え、再び城壁の外側に目を向けた。
昼間ウロつく人獣の密度が上がり、第2城壁の城門が四方とも破られているのが確認されていた。
第2城壁の奪還に大きな支障になることが予想される。
「フーチャオはいい男ですが、今は少し荷物を抱え過ぎですな」
と、フェイロンさんが言った。
たぶん、自分もそうだから、よく分かるのだろう。この極限状態の城であっても、人の命を預かることは重たい。
フェイロンさんは、何気にフーチャオさんを呼び捨てにした。友としてのフーチャオさんを想っていることが伝わる。
ふと、フェイロンさんとフーチャオさんの関係を思い出した。フェイロンさんをフッた幼馴染が、フーチャオさんの奥さんだ。
「あの……」
と、フェイロンさんに話しかけた。
「なんですかな?」
「フェイロンさんは、どうやって立ち直ったんですか? なにかキッカケとかあったんですか?」
「……?」
「その……、幼馴染からフラれた後……」
フェイロンさんは一瞬、キョトンとした後に苦笑いを浮かべた。
「昔のことですが……」
「はい……」
「抱きましたな、女を」
おっと。意外と大人な解決法だった。
「ここを離れ王都に行き、娼婦を抱きました。これが、なかなかイイ女で通い詰めるうちに、いつの間にか……、という感じでしたかな」
「そ、そうですか……」
「お奨めはしない方法ですが」
「あ、いえ。ありがとうございました」
フェイロンさんは目線を上げ、視界を塞ぐ第3城壁の向こうに広がる空を見上げた。
「王都に息子らを残しております……」
「……そうですか」
「息子らも儂と変わらぬ腕前の剣士ですが、今頃、どうしておることやら……」
あれだけ本性を隠し通していたウンランさんを自暴自棄にさせるほど、王都の状況は厳しいことが予想されている。
シャオリンに聞こえる場所で、ズハンさんとの密談をしてしまうほどに、ウンランさんは王都の状況に悲観的になった。
「マレビト様が、王都の救援を目標に掲げて下さったことを、意気に感じておる剣士も多いのです。もちろん、儂もその一人です」
ヤーモンの申し出もあった。
城内の人々の気持ちが動き始めている。
ウンランさんのこともあった。
俺は城内の人事を大きく動かせるタイミングなのではと考え始めた――。