116.初心と初心の大浴場(2)
「お兄さんの勇敢さの証しです。どうか、誇りに思ってほしいです」
「へへっ。そうかぁ?」
と、横たわったままのニイチャンは、自嘲するように笑った。
俺は握った手に力を込めた。
「ええ、そうです。お兄さんは、誰よりも人獣の近くまで攻めた。誰よりも遠くに槍を伸ばした。俺はその勇敢さを尊敬します」
「へへ。マレビト様から、そう言ってもらえるのは嬉しいけどよ。腕がこんなじゃ、もう役には立てそうにないわ」
「そんなことは、ありません。この城の中には、お兄さんに出来ることで、いっぱいです」
「そうかあ? こんなになって、何が出来る?」
「荷車が引けます」
「はっはっはっ! マレビト様は、こんなになった俺にも仕事をくれるのか!?」
「もちろんです。だから、今はゆっくり過ごして、早く傷を治してください」
「分かった、分かった。……よく分かったよ。……大人しくしとくよ」
と、ニイチャンは「しょうがねぇなぁ」というような笑みを浮かべて、静かに目を閉じた。
部屋を出ると、ニイチャンの治療にあたってくれた薬師の母娘が頭を下げて待ってくれていた。
「献身的な治療を行ってくださったと聞いています。ありがとうございます」
と、俺は頭を下げた。
赤茶色の髪の毛をした母娘は謙遜して見せたけど、医療の発達していない中、片腕を喰われたニイチャンが一命を取り留めたのはスゴイことだと思う。
王侯貴族や剣士には『治癒』の呪符が用いられるこの国で、薬師は平民のための職で、決してその身分は高くない。
だけども、これから薬による治療がメインになるこの城では、重要な存在だ。
リンシンと名乗った母親は、俺の母親と同じくらいの年齢だろうか。白いチャイナ風味のドレスが医療関係者っぽいけど、スリットから見える太ももは艶めかしい。
「剣士長様のご依頼で、実はこれまでも密かに剣士団の治療にあたっておりました」
「そうでしたか」
「よもや、『治癒』の呪符が使えなくなっているとは思わず……」
「これからは、よりリンシンさんたちに、ご負担がいくかと思いますが、どうか、よろしくお願いいたします」
と、俺はもう一度、深々と頭を下げた。
かえって恐縮させてしまったのか、薬師の母娘にも深々とお辞儀をさせてしまった。
ホンファと名乗った娘は、俺と同い年くらいだろうか。髪色と同系統の赤いチャイナ風味のドレスは丈が短くて、スラリと伸びた生足が、少し眩しい。
――大浴場で見かけないってことは……。
純潔の男子高校生としては、経験済みの女子が必要以上に大人に見えてしまうのは仕方がない。
母親のリンシンさんから、ニイチャンの容体について説明を受ける間も、ついついチラチラ見てしまう。
さすがに『母親が経験済み』であることに照れたりはしない。けど、それも不思議だ。我ながら18歳男子の心情はままならない。
ひと通りの説明を受け、これからのこともお願いし、その場を立ち去ろうとした時、リンシンさんがホンファの肩に手を置いて、俺の方を見た。
「ホンファも、あと4日で16歳になって、やっと、マレビト様のお側にお仕えできます。どうか、よろしくお願いいたしますね」
えっ……?
ホンファは頬をポッと赤らめた。
……。
ええっ――ッ!




