113.立ち昇る熱気(4)
「弓兵の矢は、確実に人獣に対抗できる力になっています。連弩兵も加えて、四方に展開し剣士の闘いを支えます。しかし、その矢を作る木材が、あと20日ほどで底を尽きます」
もう、俺の話を聞く群衆の目に、動揺の色は浮かばなくなっていた。冷静に状況を把握し、乗り越えようとしてくれている。
「第2城壁との間にある備蓄庫に木材を取りに行くより前に、まず落ちている大量の矢を拾いに行く新作戦を実行します。その後、充分な矢を持って第2城壁奪還に取り掛かりたいと思います」
具体的な作戦が立案できている訳ではない。ただ、この先、何を目指しているかを、皆で共有して進んでいきたい。
いや、そうでなければ、このツラく苦しい道を進めなくなる。先に光が見えなければ、どこかで心が折れる。
「それもまずは、兵士団を四方すべてに展開し、戦線を安定させた後のことです。今は、兵士に志願してくださる皆さんに、連弩や槍の扱いに慣れてもらうことが先決です」
力強く何度も頷いてくれている人たちが見える。
「そして、私たちの最終目標は、王都の救援です!」
俺の発した言葉は、目の前の群衆に疑問を生んだ。
この城の住民にとって、王都は救援してくれる存在であっても、こちらから救援に行く存在ではない。当然の疑問だった。
「厳しい現実を皆さんと分かち合わなくてはいけません。剣士団に備えられていた『治癒』の呪符が効力を失っています。皆さんであれば、その意味するところは、すぐにお分かりになると思います。呪符を刻んだ王都の呪術師の魂が、祖霊の下に旅立たれたのです」
群衆は再び、静まり返っている。
――王都にも異変が起きている。救援は来ない。
その事実が重く圧し掛かっているのが分かる。
剣士や宮城の役人、また流れ者の中には王都に家族を残している人もいる。その人たちにとっては、尚のこと重い。
フェイロンさんから呪符の失効を告げられたとき、あの明るく華やかなユーフォンさんが青ざめていた。単に王都のことだけでなく、王都にいる家族や友人のことまで思ってのことだったのだろう。胸が痛い。
「我々は勝ちます! 人獣を退け、王都を救援する! この辺境の地から、王都を援ける!」
俺は、もう一度、精一杯の大声を張り上げた。
「そのために、祖霊は俺をお遣わしになった!」
剣士府で演説した時は、なんとか剣士たちを説き伏せようとしていた。
でも、今は違う。皆の心をひとつにしたい。皆に、俺と一緒の気持ちになってほしい。
俺の中で湧き上がる熱を、皆にぶつける思いで、最後の言葉を振り絞った。
「そのために! リーファ姫は俺を召喚された!」
リーファ姫の名前に、ハッと顔を上げる人たちが多くいた。そして、群衆は大きな声を上げ、応えてくれた。
人獣が襲来する前、リーファ姫は平民の住民たちにも気さくに接し、慕われていたと聞いている。
俺は眠るリーファ姫の姿しか知らないけど、この城に残る住民、誰にとっても大切な存在なんだということは解る。
――自分たちだけで、闘うしかない。やらなければ、皆で死ぬだけだ。
その覚悟が、皆に広がるのが見て取れた。やがて、1,200人の人間から、一丸となった熱気が立ち昇っていくのを感じた。
まだまだ、先行きは不透明だ。
人獣の大波を、最後の城壁1枚で持ち堪えている状況に変わりはない。
けど、やるしかない。皆と一緒に――。




