107.温もりの大浴場(1)
「ボクに話ってなに?」
と、シーシが耳元で囁いた。
――くにっ(右)。
今朝の大浴場で背中を流してもらうのにシーシを、こっそり指名した。皆には指名したことがバレないように、ツイファさんが段取りを付けてくれた。
――くにっ(左)。
シーシの柔らかな肌が全身で密着して、踊るように小刻みに左右に滑る。
あの後、賊の遺体を剣士さん達が密かに運び出し、フェイロンさんとフーチャオさんも、リーファ姫の寝室を出た。
シアユンさんとツイファさんと3人になると、ぶるっと身震いが来た。
シアユンさんが優しげな微笑みを浮かべて話しかけてくる。
「お気持ちはお察しするに余りありますが、どうぞ、動揺を皆にお伝えになりませんように」
確かにそうだ。
住民たちも慕うリーファ姫を狙った賊が、自分たちに紛れ込んでいたなんて知れたら、どんな騒ぎになるか分からない。
ただ、俺も激しく動揺しているのは確かだ。
まず、命を狙われて、刃物を投げ付けられたのなんか初めてだ。日本にいれば、そんな経験しないまま生涯を終える人の方が圧倒的に多い。
それから、ツイファさんと賊の殺し合いを、この目で見た。人間同士の殺し合いだ。
ただ、不思議とツイファさんのことを怖いとは感じてない。
あの闘う姿を美しいと感じたし、なにより、カッコ良かった! 宙を舞い暗殺者を迎え撃つビキニ姿の美女だなんて、これ以上、男子の心をくすぐられることがあるだろうか!?
それに、あの優しいツイファさんが、俺たちの命を守ってくれた。それだけで充分だった。
けれど、人間の死体を見たのも初めてだ。幸いなことに、これまでお葬式にも出たことがなかったのが、いきなり賊の死体が3つも並んでいるのを見た。
そして、フェイロンさんをフッた幼馴染が、フーチャオさんの奥さんのミオンさんで、3人がそれなりに仲良くしてるって話も、結構、動揺した。
この先、会えるかどうかも分からない里佳のことを強く思い出して、これが、結構、堪えた。
トドメは朝陽で明るくなった寝室だった。
久しぶりに目にした鮮やかな青髪のリーファ姫が、やっぱり里佳にうり二つだった。
召喚直後は里佳にフラれた直後でもあって、そのショックで誰を見ても里佳に見えるのか? と、思ったものだった。
けど、明るい部屋で眠り続けるリーファ姫の寝顔は、里佳そのものと言ってもいいくらい、よく似ていた。違うのは髪の毛の色くらいなものか。
「綿に浸した水で、お口は潤しているのですが……」
と、シアユンさんは切なそうな表情でリーファ姫を見た。
俺を召喚してから12日。リーファ姫の容貌に衰えは感じず、肌にはツヤさえ見られ、静かに眠っていた。
「恐らく私どもでは計り知れぬ、呪力の働き……、祖霊の護りがあるのでございましょう……」
ただ、俺は、リーファ姫が元気に眠っていること以上に、里佳にそっくりな顔立ちに激しく動揺していた――。