100.橙色の報せ
夕方から降り出した雨が、日没前には豪雨になっていた。
昨晩、初陣を迎えたばかりの短弓隊は、どしゃ降りの中、今日も行くと言ってくれた。
昨夜より2小隊増やした6小隊編成。
北側城壁の両端に3小隊ずつ配置し、常に2小隊が前面で闘い1小隊が休憩と補充を行うローテーションに組み直した。
一気に手の挙がった志願者たちは、宮城屋根に陣取る長弓隊の後ろで、実戦を見学している。
皆、ずぶ濡れになっているけど、むしろ濡れた端から蒸発させてしまうような熱を感じる。
人獣たちは雨だからといって休んではくれない。いつもと変わらず、やって来る。
分厚い雲の向こうで日が落ち、長弓隊と短弓隊それぞれの弓が唸りを上げ始める。手や靴の裏にはにかわを塗って、雨で滑らないように用心している。
雨のあたらない望楼から見守ることが、少し心苦しくはあったけど、遠目にもミンユーの矢は今晩も正確に人獣を射抜いているのだろう。城壁の東西両端から跳び上がってくる人獣の数は少ない。
今、長弓隊の後ろで見学している人たちも前線に立つことができれば、剣士たちの負担は相当に軽くできる。
日没前、最終城壁の向こう側に建っている備蓄庫の場所を、シアユンさんに 指差して教えてもらった。
シアユンさんの白くて長い指が指し示した場所は、そう遠くはない。外見の損傷も少なそうだ。だけども、行く手を阻む人獣の数は多い。
シーシが改良を重ねてくれた屋根付きの篝火は、豪雨の中でも光量を落すことなく人獣たちを照らし出してくれている。長弓隊と短弓隊の視界を支える玉篝火も同様だ。
体力面など心配は多いけど、雨が即陥落につながる懸念は解消されたと判断していい。
空を覆う雲の向こう側では満ち始めて3日目の月が輝いている。ぼんやりと雲が明るい。地球の約2倍の期間をかけて満ちる異世界の月は、まだ三日月にもなっていないだろう。
けれども、夜の闇は完全な闇ではなくなった。
これから、どんどん明るくなれば、より闘いやすくなるはずだ。
ミンユーの背中の装甲を打ち続ける雨が早く上がればいいのにと、祈るような気持ちで見詰めている。
ミンユーの短弓を初めて見たのは8日前。宮城北西側にある大樹を的にして練習していた。その姿を見て、狩人の弓矢で人獣を攻撃することを思い付いた。
白犬を抱いたフーチャオさんと固い握手を交わした日も、ミンユーの短弓の腕前に感心していた。
あの時も、ミンユーの姿に何かを思い出しそうになってた……。
今も、背中に背負った矢筒から一定の本数の矢をつかんで、短い間隔で次々と矢を放つ。
「連弩だ……」
俺の呟きに、シアユンさんがピクッと動いた。
ようやく思い出した。
三国志で有名な諸葛亮孔明も使ったという連弩。箱が付いてて、連射できるボウガン。この古代中華風異世界にピッタリじゃないか!
志願者が増えても、短弓が使える狩人の人数が足りないっていう問題があった。けど、それも解決できるかもしれない。
でも、連弩、どういう構造? なんで連射できるの? 箱が付いてる絵を見た記憶はあるけど、なんで箱? 分からん。
こんな異世界に召喚されるって予め知ってたら、呪力がなかなか発現しないって知ってたら、本とか動画とか見まくっておいた。
だけど、今の俺は、……なにも知らん。そんなのが「ある」っていう知識しかない。
と、俺が頭を抱えたとき、望楼に橙髪のユーフォンさんが現われ、静かに片膝を突いた。
「賊です。すみやかに、お退きください」
賊……? 賊ってなんですか?