10.チュートリアル大浴場(2)
「なんで俺が選ばれたのかは、分かります？」
直球だけど、やっぱりこれが一番気になる。
「申し訳ありませんが、分かりません」
と、シアユンさんはあっさり答えた。
「王国の危難を救ってくださる方を、祖霊が選んで下さるとされていますが、行使した呪術師は命を落としてしまうため、本当のところは誰にも分からないのです」
そうか。でも、今回の場合はリーファ姫が眠っているとはいえ生きている訳だし、目が覚めたら教えてもらえるかもしれない。ただ、それがいつになるのか……？
「これまでに召喚されたマレビトっていうのは？」
「初めて召喚されたのは約700年前で、初代マレビト様は当時の王国を襲っていた『邪』を祓ったと伝わります。その後、約500年前に２代マレビト様が、約300年前に３代マレビト様が召喚されております」
「え？ じゃあ、俺は300年ぶりに召喚された『マレビト』なんですか？」
「その通りです」
それは……、伝説の存在だわ。
300年？ 日本でいうと徳川吉宗の『享保の改革』の頃だ。とても『現在』と地続きになってるとは思えない。大学受験直後なのが活きてる。けど、先輩マレビトのアドバイスとかは期待出来そうにない。
「呪力っていうのは……？」
「呪術師が祖霊に働きかける力とされていて、魂から直接発露されると言います」
「誰でも使える？」
「いえ。祖霊と霊縁が繋がった者だけです。私は呪術師ではないので、その感覚は分からないのですが、誰がどうすれば霊縁を授かり、呪力を身に着けられるかは分かっていません」
「それを呪符っていうのに込めないといけない？」
「いえ。呪符を用いずとも、直接その場で顕現させることも出来ますが、膨大な量の呪力を必要とする場合や、離れた場所に呪力を送り込むためためには呪符が必要になります」
「そっか。じゃあ、まだお湯が沸いてるってことは、リーファ姫さんの魂は生きてるんですね」
と、俺が先生に答える生徒のように明るく問いかけると、シアユンさんは「あっ……」と、言葉に詰まって、みるみる紅色の瞳に涙を溜めた。
そして、両手でそっと顔を覆った。
小刻みに震えるシアユンさんの白くて透き通った肩。
「も、申し訳……」
と言う、シアユンさんの言葉が続かない。
いっぱいいっぱいに張り詰めていたものが、堰を切ったように溢れ出たのが分かる。
――魂は生きている。
きっとこの言葉が、シアユンさんの中で張り詰めていたものを切った。リーファ姫を想う強い気持ちが溢れ出た。堪え切れない嗚咽が、小さく漏れ出る。
頑張って踏ん張ってたんだなぁ。
シアユンさんの細い身体から、浴槽の湯面に揺れが伝わり、円く広がる波が俺のところにまで届く。泣いている女性の前で悪いけど、優しい時間が流れていく。
――早く、リーファ姫の目が覚めるといいですね。
と、思った。だけど、まだどんな言葉が思いがけず傷付けてしまうか分からない。心の中で祈るだけに留めて、そっとしておくことにした。
もちろん、もっと聞きたいことは山ほどあったけど、今はこれだけにしておこう。
そう思って、湯煙の満ちた高い天井を見上げた。
