残念なことに我が家の女性陣は、男の趣味が大層悪いようなのです
「本当にごめんなさい! 今日のお茶会の予定なんだけれど急遽欠席という形にしてもらってもいい?」
「まあ、またですか。今回は、一体何を押し付けられたんです」
「兄さまが溜め込んでいた書類が発掘されちゃったんだ。僕ひとりじゃ、仕事が終わりそうにないの。お願い、アデル手伝って」
「発掘って、一体どれだけ溜め込んだのやら」
「えーと、これくらい?」
「あなたの背丈より多いとか、王太子殿下も第二王子殿下も何を考えていらっしゃるのですか」
「でも、僕はおしゃべりとか苦手だから。兄さまたちに面倒な社交を任せている分、事務仕事でできることはできるだけ手伝いたいんだ。僕の出来があんまりよくないせいで、アデルがお茶会や夜会に参加できる機会を潰しちゃって本当にごめんなさい」
うるうるした眼差しで私を見上げてくるのは、四歳下の婚約者である第三王子殿下。可愛らしい小動物のような彼にお願いされてしまうと、駄目だとか嫌だなんて言えなくなってしまう。私も大概、彼に甘いのかもしれない。
「もう、仕方ありませんね」
「アデル、怒ってる? アデルが参加したいなら僕のことは気にせずにアデルだけお茶会に行ってもいいんだよ?」
僕を置いていかないよね? 僕以外の人間の手をとったりしないよね?と言わんばかりの涙目で見られてお茶会に行けるほど、私も肝が据わっていない。
「何をおっしゃっているのやら。さあ、お手伝いします。さっさと済ませてしまいましょう」
「うん、わかった! じゃあアデル。アデルのお部屋でお仕事しよう。僕、書類を全部持ってきたから、わざわざ王宮に向かわなくても大丈夫だよ!」
「殿下いけませんよ。とても大事なものもたくさんあるのに、そんな不用意に外に持ち出しては」
「うううう、ごめんなさい」
こらえきれずにべそをかき始める可愛らしい婚約者をなだめながら、私は自室にて書類仕事を手伝うことにした。隣国の王女も参加するという王宮のお茶会に出席しないで済むということにほっと胸を撫でおろしながら。
***
私の家は女ばかり生まれる女系一家だ。子どもは代々ひとり娘、結婚相手は必ず入り婿。血統を重んじる高位貴族の家にしては綱渡りのように思われるが、なんだかんだうまくやってきたらしい。王族の血も入っているため、それなりに貴族社会でも顔が利くのが自慢だ。
女ばかり生まれる家ということで、普通なら「女腹の家」とでも言われそうなものだが、我が家には別のあだ名があった。「女当主は男を見る目がない」というものだ。「女腹の家」というのも十分悪口なのだが、それよりも酷い呼び名をつけられているのにはちょっとした理由がある。歴代の女当主が結婚する相手は、相当な問題児ばかりなのだった。
おばあさまは、結婚初夜にておじいさまから「お前を愛することはない」と宣言されたのだとか。入り婿の分際で何をほざいているのだろう。その上何をどうやって言いくるめたのか、庭に自分専用の離れまで作らせたらしい。
まさかそこで愛人としっぽりやる気だったのかと思いきや、特定の誰かに想いを寄せている様子はなかったそうだ。まったくもって意味が分からない。政略結婚を嫌う潔癖症だったのだろうか。結局はよくある物語のように結婚生活を送るにつれておじいさまとおばあさまの距離は縮まり、今となっては社交界でも評判の仲睦まじい夫婦になっている。
……「お前を愛することはない」からの「おしどり夫婦」。終わりよければすべて良しとは、言いたくない。何が悲しくて、結婚早々馬鹿なことを宣言する男と愛を育まねばならんのか。そして当主をお母さまに譲ったおばあさまは、例の離れにおじいさまと移り住んでしまった。豪胆すぎる。
ちなみにお母さまはというと、これまたやはり問題児のお父さまと結婚している。何せお父さまは結婚前から女にだらしなく、それは結婚して娘である私が生まれてからも変わりなかったのだ。お母さまよ、職場恋愛だったはずなのに、なぜあなたはあんな屑を結婚相手に選んだのですか。
しかもお父さまは、可愛らしい少女から妖艶な美魔女たちにまで節操なく声をかけまくる。女なら誰でもいいのか。その癖、お父さまはお母さまに見捨てられるのが怖いらしい。たびたび家に帰ってきては大騒ぎしている。
「違う、誤解なんだ、俺が本当に愛しているのは君だけだ!」
「ああああああ、可愛いひとり娘からゴミを見るような目で見られている! いやだあああ、死ぬ、心が折れるううううう!」
「あああああ、妻よ。どうしてこちらを見てくれないんだ。君になら、ゴミを見るような目で見られたって嬉sぐごげえええええ」
……帰ってきた瞬間から、うるさすぎる。まるで何かに踏みつけられた蛙のような鳴き声が聞こえた後に、屋敷の中が静かになった。お母さまが、無理矢理静かにさせたようだ。なんといっても、うちのお母さまは国内でも腕利きの武闘派夫人なのだ。
まあこんな感じで、我が家で見ることのできる夫婦というのは一般的とは言い難いものばかり。曾祖父、高祖父の話を引っ張り出せば、屑男の見本市が開けるだろう。
そんな私の唯一の癒しが、婚約者であるトーマスさまだ。
四つも年下で可愛らしいトーマスさまは、男性として頼りがいがあるとは言えないけれど、人間にとって一番大事な誠実さを持ち備えている。少なくともお母さまの足にすがりついて、泣きわめく情けないお父さまや、過去のやらかしをなかったことにして平気な顔で離れに住んでいるおじいさまとは大違いだ。
男というのはお父さまやおじいさまのような屑しかいないらしいと絶望していた私にとって、心優しいトーマスさまは何より大切な希望なのだ。
***
とはいえ、私とトーマスさまの仲が順風満帆というわけではない。殿下のお仕事を手伝いながら参加する予定だったお茶会を思い出し、小さくため息をついた。
「アデル、どうしたの? あ、ごめん。ちょっと疲れちゃったよね。休憩にしようか?」
「ありがとうございます。お茶を用意いたしますね」
「おやつは、僕が準備してきたよ!」
「まあ、こちらは入手困難なことで有名な人気店のものではありませんか」
「うん! アデルに喜んでもらいたくて」
「こちらのお店は、例えどんな身分の方であったとしても予約はお断りだったはずですが。殿下がお店に無理難題をふっかけるはずがありませんし……。まさか殿下、朝から行列に並んだのですか?」
「僕、頑張ったよ!」
「殿下、とても嬉しくはあるのですが、お付きの方を困らせてはいけません。いくら王都とはいえ、御身に何かあっては……」
「うううう、アデル、また僕やっちゃった? 本当にごめんなさい」
はあ、また教育係のようなことを言ってしまった。本当なら、「わざわざありがとうございます。とても嬉しいです」と微笑んでおけばいいのだろう。それなのに、ついいろいろ言いたくなるのは、おじいさまやお父さまのようなあんぽんたんになってほしくないという親心のようなもの。四つも年が違うせいか、私はついつい口うるさくなってしまう。隣国の王女殿下なら、こんなとき何と言って喜ぶのだろう。そんなことを考えてそっと頭を振った。
ちなみに今日のお茶会は、隣国の王女さまも出席予定だ。彼女は殿下よりも二つ年下。私からみれば六つも年下のお姫さまである。本当なら、殿下は彼女と婚約すべきだった。何せそもそも私は王太子殿下の婚約者候補だったのだから。年回りから考えてもそうなるべきだったのだ。それなのにあれよあれよという間に、トーマスさまとの婚約が調ってしまった。
殿下は、私よりも彼女と結婚した方が幸せに暮らせるのではないかしら。つい先日、彼女からいただいた個人的な手紙のことが脳裏をよぎる。久しぶりに会えるのを心待ちにしていると書かれていたけれど、あの手紙があったからこそ私はお茶会に参加したくなかった。
彼女からは、私が殿下と婚約解消をしたいならいつだって力になると言われているのだ。さらには、自分の兄の妻にならないかと誘われているが、私なんかが隣国の王妃になれるはずがない。けれど、彼女がそんな条件を出して揺さぶりをかけてくるくらい私とトーマスさまが釣り合っていないのなら、婚約を解消するべきなのだろうかと考えてしまう。
それに何より私は少し怖くなってしまったのだ。私と結婚したあとに、彼がおじいさまやお父さまのような屑になってしまうのではないかと。おじいさまやお父さまがもともと屑の遺伝子を持っていたのか、あるいはこの家の歴代女当主たちは、屑男を育成する才能に溢れているのかなんて、どうやったって調べようがないというのに。
「アデル、どうしたの? 顔色が悪いようだけれど」
「すみません、殿下、あの、私」
いけない、殿下の前だというのに。年上だというのに、こんなことで動揺してはいけない。ふらつきそうになるのを必死でこらえて微笑めば、おばあさまが部屋を訪ねてきた。
「ごきげんよう、殿下。ちょっと孫娘をお借りしてもいいかしら?」
「もちろんです!」
「それから、わたくしの夫があなたとお茶をしたいと言っているのだけれど」
「わかりました。それでは、今日は男性陣、女性陣でわかれてお茶会といたしましょうか」
「では、男性陣は離れに集合ね。わたくしは、娘と孫娘と一緒にこちらでお茶をいただくことにするわ」
「承知いたしました」
おばあさまの前では、普段はふわふわしている殿下も急に大人っぽくなる。そんな殿下の姿に頼もしさとほんの少しの寂しさを覚えながら、私たちはそれぞれ別のお茶会に参加することになった。
***
部屋の中には、紅茶の香りがあふれている。優しく甘い香りに包まれていると、不安感に駆られていたのがうそのように心が落ち着いた。
「あなたも年頃になったことだし、そろそろ話をしたいと思っていたの」
「話、ですか?」
「わたしたちの結婚についてね」
おばあさまの話を補足したのは、お母さまだ。この時間は普段なら執務室でお仕事をしているはずなのだが、わざわざ足を運んでくださったらしい。
「聞きたいことがあるのでしょう?」
「何でも聞いてくれて構わないよ」
ふたりの言葉に、私は今まで聞くに聞けなかった話をすることにした。
「おじいさまがおばあさまに、『お前を愛することはない』と言ったというのは本当ですか?」
「ええ、本当よ」
「おばあさまは、おじいさまの言葉に傷つかなかったのですか?」
「最初は驚きましたよ。だって、婚約中からわたくし一筋だったあのひとが、急に突拍子もないことを言い始めたのだもの」
「そうですよね。初夜の際に、『お前を愛することはない』なんて言葉を吐くなんて一体何を考えているのか」
「そうなのよ。よだれをだらだら垂らした大型犬が、今すぐにでも目の前の骨付き肉にかぶりつきたいのに、食べたらダメだと命令されているみたいな情けない顔をして震えているのよ。もう、わたくし、おかしくてたまらなくて」
「は?」
おかしい。私は一体、何を聞かされているのだろうか。屑男のおじいさまが、バ可愛いだと?
「すみません、意味がわかりません」
「面白すぎるから、初夜用の夜着が映える体勢で彼の話を聞いてやったわ」
ちなみに私のおばあさまは、とっても美人でグラマラスな女性だったらしい。初夜用の、おそらくは透け透けいやんな下着で、悩まし気に胸の谷間やおみ足を強調しながら、おじいさまの屑発言を聞いていたと。どういう状況だ?
「それで、いやらしい体勢で話を聞くわたくしと、たどたどしく演劇みたいな台詞を繰り出す夫とで、その後もやりとりが進んでいったのだけれど」
「けれど?」
「最終的にあのひとったら、鼻血を出し始めちゃって! 麗しの貴公子さまが鼻血よ、鼻血。せっかくだから最大限に破廉恥な格好をしてあげたら、『わかったなら、さっさと服を着て休め』と言い残して、前かがみで走っていったの! あの状態でやせ我慢とか、もう面白いひとでしょう? わたくし、夫のことが大好きになってしまったの。ここはわたくしの屋敷だし、わたくしが当主。最悪、子種だけもらえたらよかったから、愛人を囲おうが、身体だけ使われようが別にちっとも構わなかったのに」
これが社交界きってのおしどり夫婦と呼ばれる女性の話だろうか。あけすけに夜の話をしながら、涙をこぼして笑い転げるおばあさまの姿に私はただひたすら混乱していた。完全に頭の中は恐慌状態だ。
「では、離れは使われなかったと?」
「そもそもあのひとは、わたくしに夢中なのよ? それに今、わたくしたちが使っているわ。せっかくあるのだし、使わなければもったいないもの」
「おばあさま……。なんだか、急におじいさまがお気の毒に思えてきました」
「あら、酷いことを言っているのはあのひとのほうよ」
「えええ? そうでしょうか……?」
おじいさまに虐げられていたはずのおばあさまが、むしろおじいさまを苛めているような。
「ああ、それならわたしの話もしてあげよう」
「お母さま! お話は嬉しいですが、お仕事はよろしいのですか?」
「仕事はいったん休憩だ。何せ、我が夫君がまとわりついてきて、面倒くさいからね」
どうしてだろう、普段なら当然だと同意しているはずなのに、今日は少しだけお父さまが可哀想な気がした。おじいさまがおばあさまのてのひらの上で転がされていることを知ったからかもしれない。
「ようやっと仕上げた書類にインクをこぼして駄目にしてくれたからね。腹が立ったから、インクの汚れを落としがてら、庭の池に放り込んできてやったさ。そのまま風呂に入ってくれば、多少は身ぎれいになってこちらに迎えにくるはずだからね」
「お父さまってばお母さまのことが大好きなのに、どうして女遊びをやめないのかしら。お父さまの女癖の悪さはやっぱり病気なのかも」
「あれは気に病む必要はないよ。あまりにも手を出す女とわたしとの方向性が違いすぎて、あからさまだ」
「あの女遊びは、わざとということですか?」
「さあ、アデルはどう思う?」
お父さまは、いつ見ても女性を侍らしている。でもそれは、お母さまとは全然違うタイプの女性ばかりだ。私のお母さまは、そこら辺の男よりもずっとかっこいい凛々しい騎士さまみたいなひとなのだ。実際、当主の座につくまでは近衛騎士として働いていたらしい。当時は性別を公表していたにも関わらず、同じく近衛騎士だったお父さまよりもずっと女性に人気が出ていたのだとか。
お母さまの謎かけのような問答に、ますます頭がこんがらがる。
「わかりません……。どうして、わざわざお母さまに嫌われるようなことをするのか……」
「あれは、わたしに殴り飛ばされるのが好きなのだよ。アデル、結婚相手の性癖はしっかり把握しておきなさい」
つまり、お父さまは被虐趣味がおありということ?
「身内の赤裸々な事情は聞きたくありませんでした……」
「まあその感性は大事だな。せっかく、第三王子殿下が尽力してくださっているのだ。お前は、このまま純粋に育ってほしい」
「お母さま、情報過多です。頭がぱんぱんでこれ以上、難しいことを言われても考えられそうにありません」
「そうかい。それなら、そろそろ殿下の元に戻るといい。これ以上、お前たちを引き離して殿下が荒れても面倒だからな」
子犬のような殿下が荒れる? まさか。むしろ殿下は部屋の隅っこでしくしく泣くようなお方だが。
「知らないほうがよいこともあるし、しっかり確認したほうがよいこともある。まあ、わたしたちに言えることは、お互いに話をすることは大事だということくらいだな」
「この世界には、不思議なことがあふれているの。そして、それは言葉では説明がつかないことも多いから、殿下とたくさんお話しなさい」
「そうだ、アデル。もやもやを抱えていてもいいことなど何もないよ」
私はおばあさまとお母さまは男を見る目がないと思っていたけれど、意外と本人たちは幸せなようだ。破れ鍋に綴じ蓋、蓼食う虫も好き好き。男女の仲は、どうにも私には難しすぎる。
休憩に出かけたはずが、ちっとも心を休められなかった私を癒してくれたのはやっぱり素敵なトーマスさまだった。
「アデル、大丈夫?」
「ええ、問題ありません。少しびっくりするような話をされただけです」
「そっかあ。もしかして、僕が話したこと、伝わっちゃったのかな?」
「なんのことでしょうか」
「さっき、アデルのおじいさまたちとお話をしていたでしょう。本当はね、今日のお茶会に参加したくなかったんだ。アデルが、お兄さまたちのことを見るのが、僕、嫌だったの。それに、隣国の王太子殿下も来ているはずだし。みんな、僕よりも大人だから」
「まあ、私はトーマスさまの婚約者です。目移りなんてするはずがございません」
「それならいいんだけど。アデルはこの婚約に乗り気じゃないような気がしていたんだ」
「残念なことに我が家の女性陣は、男の趣味が大層悪いようなのです。ですから、結婚そのものについて少しばかり不安がありました。でも今は、トーマスさまと一緒にいたいと思っております。トーマスさまと一緒なら、きっと毎日笑って過ごせそうです」
大きな瞳を潤ませながら私を見上げてくるトーマスさま。本当なら隣国の王女殿下に彼の隣を譲るべきなのかもしれない。それでも私は、ここにいたい。だから少しだけ、「こうすべき」という思考をやめてみようか。年上として彼を導き、いつかその手を離すかもしれないという考えは捨てて、彼の隣で過ごす未来を考えてみたら、なんだか温かい気持ちになった。
「トーマスさま。週末、また我が家にいらっしゃいませんか。お話したいことがたくさんあるのです」
「わあ、僕、嬉しい! 僕ね、アデルと一緒にいることが何より幸せなんだよ」
「ふふふ、ありがとうございます。私も、トーマスさまと一緒におしゃべりする時間が大好きですよ」
嬉しそうにはしゃぐ婚約者にぎゅうぎゅうと抱きしめられる。一緒にお茶をすることが、そんなに嬉しかったのだろうか。四つも年下だと線引きしていたはずなのに、いつの間にかずいぶん力強くなった。ずっと一緒にいたはずなのに、私たちはお互い知らないことがたくさんあるような気がする。これからトーマスさまと、もっとたくさん話をしてみよう。
おばあさまやお母さまのように、周囲に何かを言われても「夫は私にぞっこんだから大丈夫よ」と笑い飛ばせるように。
***
「なーにが、『僕ひとりじゃ、仕事が終わりそうにないのお。お願い、アデル手伝ってえ』だよ」
「僕、そんなに語尾を伸ばした覚えはないけど? そもそも、あの無能が無駄に仕事を溜め込んでいたのは事実だから、わりかし厳しい量だったよ」
「可愛い顔をして、言っていることがえげつない」
「今さらでしょ?」
僕は紅茶を飲みながら、肩をすくめてみせた。アデルの御父上が青筋を立てて騒いでいる。本当に賑やかなひとだ。
「どうしてアデルは、甘えん坊どころか腹黒なお前に気づかないんだ。うううう、可愛いアデルがこんな男の毒牙に!」
「僕みたいに無邪気な人間は、そうそういないっていうのに」
「お前の無邪気さは残酷さと紙一重で怖いんだよ。アデルを守るために、外に出さないで囲うっていう解決方法をとるのは発想が既に病んでいる」
ずいぶん言いたい放題だ。そんな僕らの隣で、アデルの祖父君は笑顔で手土産のお菓子をつまんでいる。アデルも笑顔で食べてくれているだろうか。僕は、アデルの笑顔が見たかったのになあ。
「僕のそばにいてくれたら安全だからね。わざわざ、いろんなひとと接触させて厄介事に巻き込まれる可能性を高める必要はないよ。無能兄貴から奪い取った可愛い婚約者なんだ、絶対に誰にも傷つけさせない」
「殿下が次期国王でよろしいでしょうに」
「ええ、やだよお。国王になんてなったら、アデルを人前に連れて行かなきゃいけなくなるもん。僕のアデルに横恋慕するひとがこれ以上増えたら、毎日戦争しなきゃいけなくなるし。国を潰すのは簡単だけど、その後の処理が死ぬほど面倒くさいんだよ」
「ああ、いやだいやだ。できるけどやらない有能ぶりを見せつけてくれなくてもいいんだってば」
「邪魔になったら老若男女問わず切り捨てているひとには言われたくないな」
「切り捨てはしているけど、斬り捨ててはいないから。ちゃんとそれぞれ、本人たちの資質を伸ばせるところに連れていくだけだし」
「物は言いようですな。よきかな、よきかな」
アデルが女性陣と休憩をしている間、僕はアデルの御父上たちと話をしていた。話題はもちろん、進捗確認だ。
「はあ、隣国の王女はシロだ。しつこくアデルに話しかけているから、『ヒロインもどき』かと思ったら、まさかのアデルを義姉にしたいから、僕とアデルの仲を引き裂こうとしていただけだったし。……いや、隣国の王子が『ヒーローもどき』の可能性は高いわけだし、念のため消しても問題ないか?」
「念のための処分では、問題はあるに決まっているだろう。消すなら、確証をとってくれ」
「ちっ」
「どさくさに紛れて、危ないことを考えてくれるなよ」
この国には、呪いがかかっている。もうずいぶん昔のことだが、異界から現れた「ヒロイン」とやらがこの国を引っ掻き回してくれたらしい。その女は、我が国のとある令嬢に「悪役令嬢」という呼び名をつけ、すべての理不尽を煮詰めたかのような辛苦を彼女に与え続けた。
どうにかして「ヒロイン」を退治したものの、その化け物は死に際に世界に呪詛をまき散らしていった。そのせいだろう、この国には定期的に「ヒロインもどき」と呼ばれる化け物が現れるようになったのだ。
「ヒロインもどき」は、かつて「悪役令嬢」と呼ばれた令嬢をいまだに憎んでいるらしい。彼女の子孫たちは、「ヒロインもどき」が現れるたびに謎の強制力によって周囲からいわれのない誹謗中傷を受けることになる。その呪いが解けるのは、自身の婚約者や恋人、夫が「ヒロインもどき」と添い遂げたときだけ。
その上、この呪いについては、呪いを解くことができる運命の相手以外には認識できないとされている。呪いが解けたわけでもないのに、アデルの母君が大体のところを察しているのは特例らしい。
だが自分に都合のいい妄想を吐き続ける「ヒロインもどき」という化け物を愛せるはずがないのだ。だからこそ、僕たちは考えた。どこまでなら、この呪いを欺けるのかを。
アデルのおじいさまは考えた。形だけでも「ヒロインもどき」を正妻にするのはどうだろう。入り婿という立場にありながら、彼は屋敷の庭に美しい離れを作った。そこはまるで最愛のひとのための愛の巣。けれど真実は、堅牢な檻だ。
化け物が外に逃げ出さないように、大神官を招いて作り上げた。アデルのおじいさまの代に現れた「ヒロインもどき」は、アデルのおじいさまに誘われるがまま檻に入り、閉じ込められた。そして、窓の向こうで仲睦まじく暮らすおじいさまとおばあさまの様子に憤りつつ、やがて黒いもやになって消え失せてしまったのだ。
黒いもやは、「ヒロイン」が死んだときに砕けた魂の欠片だと言われている。少しずつもやの量を減らしながら、次の代にも「ヒロインもどき」は発生するのだ。そのため、アデルの父君はいまだに女癖の悪いふりをしながら「ヒロインもどき」を探していた。
万が一「ヒロインもどき」を見つけた時には、「ヒロインもどき」ごと「浮気症の最低男」として舞台から退場できるように。「悪役令嬢」という役割が清く正しい立ち位置にいられるように。そして真実を話した上で、再び愛してもらえるように努力しているつもりなのだ。残念ながら現状既に、年頃の娘であるアデルに毛嫌いされてしまっているが。
「はあ、早く『ヒロインもどき』を見つけて、普通に奥さんといちゃいちゃしたいいいいい」
「僕とアデルの幸せのことを考えると、早く見つけてもらったほうがいいのか、もうしばらく手間取ってもらったほうがいいのか悩ましいかな」
「俺の代の『ヒロインもどき』が出現しなければ、自分のとこには『ヒロインもどき』が出現しないからって畜生! 愛しい妻を守るために悪評が立つのはなんら問題ないが、娘に軽蔑されることは辛い。いつか真実を話して、幼かった頃のように『お父さま、大好き』って笑いかけてもらいたいいいいいい」
「うるさい」
「孫娘の未来の旦那さまは、何とも頼もしいですな」
大切な相手を悪役令嬢呼ばわりさせないためなら、「ド屑」と呼ばれようが「情けない」と嘲笑われようが、血の繋がった家族に「魔王」と恐れられようが構いはしない。僕が守りたいのは、アデルだけなんだから。
「ああ、そろそろアデルが部屋に戻るようです。僕も失礼します」
僕は大好きなアデルが笑顔で暮らせる世界を作るためなら、なんだってやってみせる。いつか可愛くて守ってあげたい年下の王子さまではなく、年下だけれど頼りがいのある真の婚約者になるために、頑張らなくっちゃね。
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