7 婚夜
「始祖のまかれたる種の出ずる此の地で、未来の糧となるあらたな契りをここに認めん」
懇意にしている貴族宗主のひとり、ふたり、三人が声を合わせる。
「始祖、そして黒羽の女神の祝福のあらんことを」
祝宴が終わる。人びとは帰ってゆき、あたらしく改築された屋敷の離れの一室まえに、ミルドレは花嫁ととり残された。
「リルハさん、お先にどうぞ」
扉を開けて、白金髪のぴかぴか光る背高い花嫁をさきに通す。その後ろで彼は一度、扉を閉めた。
草色外套、テルポシエ騎士の第一級の装いの彼は、取手に手のひらをかけたまま、深く深く呼吸した。
静まり返った夜。
がちゃり、彼はも一度扉をあけた。
幾つもの蜜蝋燭に加えて、開け放した窓半分から月光があかるく差している。その近くに花嫁は立っていた。白じらとにぶく光る長衣、高く結いあげた髪には花々。すっきりとしたそのひとの背中を見て、ミルドレは息をとめかける。花嫁は振り返った。
はしりの桃のような頬で、かの女が笑っていた。
長ながくるんと広がる真っ黒な闇夜のおくれ毛、頭のてっぺんには白ばらがわんさか咲いている!
「ミルドレ!」
かの女の声で花嫁は言い、彼の腕の中に飛び込んだ。
「黒羽ちゃん……」
震える手で抱きしめる、しっかりと触れられるその背中には、見慣れたものが欠けている。
「……お羽がないけど、……黒羽ちゃんっっ」
・ ・ ・ ・ ・
「……結局私は、誰を抱いたのでしょう」
蜜蝋燭は全てとっくに燃え尽きていて、床の上には月光だけが青じろく涼しい。
「わたし。わたしでありリルハ、リルハでありわたし。わたしとリルハ、とも言える」
ミルドレの鎖骨のあいだで、囁くかの女の唇がうごいている。
「ずうっとずうっと前。……ここでなく沙漠にいた時、わたしの声を聞きにくくなっていた人たちのために、巫女の体を借りて喋ってたことを思い出したの」
「それじゃこのままこうして、人として私と一緒に……」
「ん、それは無理。実はもう、ぎりぎりいっぱいなの」
何世紀か振りで、人にのりうつった。こんなに長い時間、そしてここまで深く“人の女”でいたことはない。ぶっつけ本番でほんと大丈夫だろうかと思っていたけれど、一応自分もこれで数百年分は進化していたみたいだ。負担をちりちり、全身に感じるけれど。
「でも、何とかできちゃった。頑張ってみるもんね」
首をのばして、かの女はミルドレの顔にたどり着く。彼の唇の熱に十分にふれてから、すうっと“出た”。
次の瞬間ミルドレの腕の中で、がくりとリルハの身体がのけぞる。
ふわり、と両方の翼の先でリルハを支えて横たえ、手をのばして上掛けでくるんでやる。
『あとは深く深く眠るから。何も憶えてはいない』
「……」
ミルドレは麻の短衣をひっかけ、草色外套を手にする。
『……ごめんなさい、リルハ。わたしはあなたに、ひどいことをしてる』
眠るリルハの白金髪、ひたい間際にくちづけながら、かの女は囁いた。
がちゃり。ミルドレが扉を開けかけた。
「いらっしゃい、黒羽ちゃん」
真っ暗な廊下、静まり返った深夜。
『……リルハのところで、眠らないの?』
左手に外套、ミルドレの右手はかの女のために空けてある。自分は感じなくっても。
そこに手を差し入れながら、女神は騎士を見上げた。
「眠るのは自室です。起きたときに、横でもこもこ丸くなってる黒羽ちゃんが見たいから」
疲れた笑顔が、女神を見下ろした。
「彼女に酷いことしてるのは、私です。どうかあなたは、気に病まないで。ね」
『……わたし達、だわ』
かの女はふよふよ浮きすすみながら、きゅっと小さく肩をすくめた。