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4 みえない女神

 黒羽の女神は、騎士ミルドレを心底気に入っていた。


 彼を通して、これまで切り離されていた外の世界が入ってくる。それらの新しい事柄は格別おもしろいような気がして、とうとうかの女は東の鐘楼を降りてみることにした。



『どうせ、皆わたしが見えないんだし、うろついちゃっても平気よね!』


「そうそう。私は皆さんの手前、大っぴらにお話はできませんけど……。何かあったら私の後ろに隠れちゃって。何なら外套の中に入っちゃってもいいですよ!」


『さすがにそこまでは、縮こまれないわ~』



 一人と一柱はどきどきしながら、長いぐるぐる螺旋階段を降り、下階の廻廊に出る。ここまでちょっと複雑なつくりに変えられていた、どうりで東の鐘楼に人が寄り付かないわけだ。


 さらに進んでいくと、そこらじゅうに草色外套がうじゃうじゃいる! 彼らに目礼をしながら歩いてゆくミルドレ、そのすぐ後ろをふわふわ飛び浮いてくっついてゆく女神であるが、やはりだーれもかの女に目を向けない。ぷくぷくおじさんもぴちぴち若人も、まじめそうな侍女も、誰もがすらすら通り過ぎるばかり。



――なーんだ、やっぱり。誰もわたしのこと、わからないのね。



 ちょっとがっかりしたけれど、同時に女神は気楽になる。それじゃ遠慮なく、今のテルポシエを観察しちゃえ!



 何故に昼食後の時間帯に催すのか理解不能な、恐ろしくつまらない全体会議。九割がたが全身全霊で眠気と闘っているのをみた女神は、なるほどこれも実は騎士の精神修養かと納得した。


 中庭にて槍の鍛錬がある。屋外というのに汗をかき始めたおじさん騎士達の加齢臭がすさまじく、かの女は時々翼で微風を起こして、その強襲を巧みにしりぞける。


 ミルドレはけっこううまかった。あんなに背が高いのに短槍を使っているのがちょっと不思議だったが、同じくらいの背丈の長槍使いと対手をしているのを見て合点がいった。全く見栄をはらずに、最小限の動きと力で確実に相手の急所をついている、得物は違うけどアイリースに良く似ている戦い方だ。そう、女性的とも言える。



――やるじゃない! 良かった、あなたは戦場でも生き残れるわ!



 女神が嬉しさにきゅっとこぶしを握りしめていると、ミルドレの後ろの方にいた若い騎士が、わざと自分の長槍を彼の下方に差し出そうとしているのが目に入る。



――うっわ! やな悪意ッ!



 かの女は飛んで行って、すっとそいつの脚をすくってやった。 どしーん!



「何しとるのじゃ、貴殿はァッッ」



 派手にしりもちをついたいじわる騎士に向かって、教官騎士が加齢臭全開の怒号を放っている。



・ ・ ・



 ずうっと一緒というわけではないけれど、黒羽の女神はこうして騎士ミルドレにしょっちゅうくっついて、テルポシエ城内をみて回るようになった。


 百数十年ぶりに人間たちの中に入っていると、びっくりするくらい変わったものもあるし、同じものもある。


 城の中は増築改築が進んでいて、どこもかしこもちょっとややこしくなっていた。


 人々が愚痴る悩みはあんまり変わっていない、お金と地位と体のぐあい、好いたはれたの駆け引き。


 “始祖、そして黒羽の女神の祝福のあらんことを” 会議の初めに言われる言葉は、ずっと変わらずかの女に捧げられている。なのに軽く頭を下げて、……誰もかの女を見ていない。隣で片目を開けて、ミルドレが合図しているだけだ、へんな風景。


 食糧事情はだいぶ良くなっている。やって来た頃、人々はやせた土地で食べ物を探すのに必死でいたけれど、今はずっと北にある国々から色々なものが流通してくる。ミルドレと食べる昼食は、いつだって楽しみだった。


 彼は騎士のための食堂で、平気な顔して二人ぶんのお皿やお椀にごはんをよそってもらっていた。若い男が山盛りたべるのを不審に思う者もいないし、大食いを不徳ととがめる風潮もない。ひとけのない隅に座って、囁きあいながら一人と一柱はたべた。時々、通りかかる同僚が和やかに挨拶してくる。


 本人はいたって真面目なのに、生まれつきの朗らかすぎる性格と考え方の常識ずれから変人扱いされていたミルドレは、ここに来て上の世代から高く評価されるようになっていた。


 相手の得になることをきっぱり言う、不要な事項はばっさり切り捨てる。いつも勉強しているし、もともとがそういう男なのだけど、これまでは言い方がわるかった。


 けれど“黒羽ちゃん”がその辺でガンバレミルドレとこぶしを握っていると思うと、ここぞという所でも、大勢の前でも、どもらなくなった。腹から胸から声が通るようになって、それで意見も通るようになったのだ。


 後ろ足を引っかけようとするやつはまだまだいる、けれど彼らはなんでか常に失敗するようになっていた。


 細かいことでもよく拾う耳、きっぱり通る心地よい声。いじめの的になっていた虹色の髪はいつしか彼の引き立て役となって、皆に親しまれてゆく。



・ ・ ・



 老いた王がゆっくりと、丘の向こうへ旅立って行った。


 臨終のとき、祝福を授けるつもりで女神はそうっと王の寝室に入っていった。けれど王も、王の息子も、誰もかの女に気が付かずに哀しんでいる。



――わたしに一番近かったはずの人達なのに、ね。



 わかりきっていたのに、知っていたはずなのに。


 それでもかの女の頬ぺたにぽろりと一粒、涙が流れた。




 喪が明けて、新しい王が即位する。


 テルポシエ貴族宗主たちは満場一致で、ミルドレ・ナ・アリエをその“傍らの騎士”とした。



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