20 お直し職人と草色外套
「……」
「あの、お気に召しませんでしたか?」
塩っからいだみ声で聞かれて、ミルドレはふっと我に返った。
「いいえ、いえいえ、たいへん気に入りました。あんまりきれいに仕上げていただいたので、一瞬同じものと分からなかったのです」
「さいですか」
小柄な職人は顔にしわをいっぱい作って、にっこり笑う。
台所の大きな卓の上に、草色外套が広げられていた。八着あるうちの最も古いもの、一級合格して騎士になった時に拝領したものだった。
十年以上前に留め具部分が壊れて以来、しまいっ放しになっていた。これはそろそろ捨てるしかないか、と思って手に取ったら、なつかしそうな顔で女神が生地を撫でている。
自分でお直し職人に頼んでみた、東区の小さな店の大将である。その結果を今日、届けに来てくれたのだ。
「……実はこちら、手前のせがれがいたしました」
「えっ」
『大将の息子さんが?』
来訪以来、ずうっと親父の後ろに言葉なく佇んでいる、のっぽの青年を見る。
ミルドレと目が合って、彼はさあっと下を向いてしまった。どうにも、極度に内気な人らしい。
「……旦那様には、しっかりしたつくりであれば色々遊んでもらって構わない、と伺いましたんで。……おいお前、自分で説明しねえのかい」
「……」
「だめだこりゃ。ええと、裏地は完全に取り換えました。ご注文通りに黒色です。おもてはさすがに御用達の生地でござんすね、まだまだ余裕で長くお使いいただけます」
小柄な職人おじさんの手元を、女神は顔をあかく上気させて見ている。
「ここの所に、隠しを追加いたしました」
『すてき、すてき! 色々いっぱい入れられる!』
「頭巾のふちに芯を入れましたんで、風ん中でもしっかり固定」
『いよッ、匠のわざッ』
「いや、本当にどうもありがとう。大満足です」
騎士はかなり上乗せした金額で、小切手を切った。
「また傷んじゃったら、君に直してもらいたいですね。こんなに若いのに、すごい腕前だ」
「あの、旦那様。せがれは来月、入営いたします」
「あっ、そうなのですか」
「お勤めを終えましたら、手前も安心して店を任せようと思ってます。その時はどうぞごひいきに」
「ええ、本当にそうさせてもらいますよ」
『大丈夫、だいじょうぶ。今は戦争もないし、二年なんてすぐ過ぎちゃうわ! 気を付けてね、応援するわよ』
のっぽ青年の坊主頭のてっぺんに、女神はちゅうと口づける。
「……あの」
その瞬間はじめて、彼は口を開いた。
「肩口と留め具の……ここに、各三カ所、仕込み隠しをつけました」
「えっ?」
ミルドレはきょとんとする。
『……なに仕込むの?』
「小型の太刀、吹矢など……楽に入ります」
「……」
「袖のところは帆布を入れて、補強してあります。安心して肘打ちしてもらって、大丈夫です」
「ひじ……」
「……相すみません。せがれは凝り性なやつでして……」
若きお直し職人はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ口角を上げている。笑っているらしい。
彼なりにものすごく嬉しいということが、それでミルドレと女神にもよく分かった。