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17 リルハの熱

 ミルドレの顔に、手に、首に胸に全身に、忌まわしい赤い点が浮く。


 かの女は彼の寝床にうずくまって、唇をずうっとミルドレの頭にくっつけていた。


 全力で祝福を送り込んでいるのに、彼のなかで輝く熱は、病に喰われてどんどん弱まってゆく。


 時々、ミルドレの唇が動いて、“くろばねちゃん”の形になる。




 真っ暗な夜。夏なのにどんよりと何もかもが死んだような、重い夜。


 蜜蝋の灯りの中に、リルハの顔がやさしく浮かんでいる。


 夫の足もと近く、腰掛につつましく座ったリルハは、また呟いた。




「女神さま。どうかミルドレさんを、お助けください」


――してます。しています、全力でしています……。



 ミルドレのちりちり髪に顔を埋め、目を閉じたまま女神は思った。



「わたくしは、どうなってもようございます。代わりにミルドレさんを、お助けください」



 女神は瞳を見ひらいた。



「お願いします。黒羽の女神さま」



 青い長衣を着た清純な女の前に、黒羽の女神は立った。



『……』



 小さな両手をのばして彼女の額をはさみ、そこに口づけてから、女神はリルハの中にある“熱”を一点に集めた。


 黄金色にゆらゆら輝くそれに、手をのばす。ぐっ、とにぎった。


 リルハは静かに、横向けにくずおれた。そのはずみで、蜜蝋燭みつろうそくの火がふいと消える。


 淡い金色の“熱”のかたまりを、女神はミルドレの胸にのせ、上から押さえつける。それはゆっくりと男の身体にまとわりついて、やがて浸透していった。



――たりない。



 黒羽の女神は部屋を出て、階下へ向かう。


 この赤点疼禍が終わったら、貴族宗家へ嫁ぐことの決まっている三女が、台所で静かに片付けものをしていた。


 同じように女神は、娘の身体から“熱”を取り出す。そうして大急ぎで、ミルドレのもとへ向かって飛んで行った。



・ ・ ・ ・ ・



「ああ、旦那様。よかった……」


 長い付き合いの使用人の男と医師、どちらも防疫布で口元の覆われたその顔を見て、ミルドレは目覚めた。


 使用人の肩を借りてそろそろと歩く、リルハと三女の平らかな顔に最後の挨拶をした。


 棺は屋敷を出て行った。


 あんまり死者が多いから、赤い湿疹があってもなくても、同じ病で丘の向こうへ行ったのだとしか人々は考えない。


 しらじらと夏の晴日が暮れてゆく。


 ミルドレは床の中で、たまった書簡をぼんやり手に取る。赤い点の消え去った手に。


 前王と妃が、相次いでみまかった事を知る。


 枕もとのすぐ下、女神は黒羽にくるまって、うずくまっていた。ミルドレに背を向けている。



『わたしを一人にするのは』



 泣き通して枯れてしまったようなかすれ声で、かの女はひくく言った。



『ゆるさないわよ』



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