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13 オーリフの告白

「……ありがとうございます、来ていただいて」


『女神呼び出すなんて、あなたも相当肝っ玉すわってるのね』



 展望露台。小雨の吹きつける中、頭巾を深くかぶったオーリフと金柑の植え込みの間に、かの女は降りたった。



「アリエ侯から離れちゃってもいいんですか?」


『ミルドレに憑りついてるんじゃないのよ。おばけや精霊でなし、女神だもの』



 くる、とかの女のいる辺りを向いてオーリフは問う。



「それじゃ、どうしてあの方と始終一緒にいるんです」


『え?』



 これまで単独でオーリフと話したことはなかった。


 今日、何故だかオーリフが自分を呼ぶ声が聞こえて、王と王妃と会談中のミルドレから、ふうっと離れてきたのである。



「声だけ聞いてると、あなたはずいぶん若い女性ですよね」


『若いっても、何千歳よー?』


「見えなくって残念だけど、どんな見かけなんです? アリエ侯にはしっかり見えてるんでしょ」


『見かけって……。ああほら、広場に石像あるじゃないの。あんな感じよ、翼もうちょっと大きいけど』



 人々が見えなくなってから作った像である。典型的なイリー女性に羽を生やしただけの造形で、実物とは相当ちがう。


 ミルドレは見るたび鼻で息をつく、全然かわいくないと首を振りながら。



「それじゃ若くて美しくて、翼があるってだけで人と変わらないあなたは、アリエ侯の女なんですか」


『……』



――何なのだ? この子。



「図星かな」


『むちゃくちゃ言うでない。ばちを当てるぞよ』


「自分の息子に当てちゃって、いいんですか」



 見えてない、見えてない、見えてないはず……なのに! 黒羽の女神は自分の顔が真っ赤になるのを感じて、顔を伏せる。



「建国神話でも、あなたはイリー人の祖みたいに捉えられているじゃないですか。どうやったんだか、その辺はもう私の考えの及ばない所だけど、あなたとアリエ侯はずうっと男女の仲であって、その結果が私なんじゃないですか?」


『オーリフ……わたし、あなたのお母さんじゃないのよ』


「でも父はあの人なんでしょう? だからこそ私は、あなたの声を聞けるんだ。女神の声がきけると分った途端に、アリエ侯は私によくしてくれた。他に優秀な人なんていっぱいいるのに、王室にすら近付けて。私の父じゃないと言うなら、どうしてアリエ侯はここまで私に熱心なんです? おかしいでしょ」



――どうするのよう!! ミルドレ!!



「……神のくせに、私の母が不義を犯すのを黙って見てたんですか。アリエ侯にこそ、天罰下したらどうなんです」



 熱をもった人間なのに、どうしてここまで冷たい声が出るのだろう……。オーリフは全く、激高なんてしていない。淡々と、しかし的確に、女神を糾弾していた。



『……あなたのお母様もお父様も、何も道に反したことはしていません。あなたは、オーリフ・ナ・タームとしてその両親のもとに生まれ、努力のすえ誇り高きテルポシエの緑の騎士になった、それが事実です。いつまでも清く正しいあなたであれば、わたしはあなたを祝福し、永く守護し続けるでしょう』



 めいっぱい厳かな調子で言ってやった、どうだッ!


 ふうッ、


 ミルドレそっくりの鼻息を一つついて、オーリフは頭巾をそっと後ろにはねた。雨が彼の額に、頬にふきかかる……。なのに雨粒よりもっと大きな水滴がひとつ、彼の目尻にふくらんで流れた。



「じゃあやっぱり、無理なんだ」


『……何が?』


「あなたの祝福を、私は受けられない。受ける資格がない」



 さっきまでの冷たい仮面は、どこへ行ってしまったのか。少し長めの白金髪の下で、いま青じろい若い顔が泣いている。



「女神さま、――お母さん。私は過ちを犯しました」


『お母さんじゃないっちゅうに。あやまち、とな?』


「けっこう前から、ディアドレイの部屋に行ってます。当直の夜に」


『……それは知っておる。若い恋人らを押さえつけるのは、やぼというものよ』



 ミルドレも知っている。ついでに言えば、ディアドレイのお腹のたまごに芽が出ているのも知っている。女神さまだもの、卵は見える。



「ある夜、わざと部屋を間違えました」


『はあ?』


「グラーニャ姫を奪いました」



 若い騎士はしゃがみ込んだ。



「……どうしてなんだか、今では説明つきません。その時は、ふうっと思いついて――両方ふたりともものにしておけば、どっちに転んでも俺が王じゃん? としか思わなかったんです。……それにあの子。本ッッ当にかわいいから。女神さま、きいてます?」



『ふぐうううう』



うめき声しか出ない。



「でもって今、姉妹のどっちも私がいと言うんです。自分も正直、両方いいです。……いーや、どっちかといったらグラーニャです、でも私は王になりたい。だからディアドレイ――ぎゃっ!!」



 思わず翼びんたしてしまった。オーリフは強風になぐられたようにしか感じないけれど。



『あなたねぇぇっ!? そういうの、ひとの心をもてあそぶって言うんじゃないの!! 何さまのつもりなのよッ』


「そういう時、俺様って言えて堂々傍らの騎士に選ばれるの待ってられるなら、本当そういう自分になりたかったですよ!? でも自信なかったんです、今だってない! 小手先つけなきゃ不安で不安でやりきれなかった、だからアリエ侯の指示にぜんぶ従って――」


『だからって、女の子二人の心を傷つけていいと思ってるのッ!?』


「――アリエ侯だって同じことしてるんでしょうが! そういう人の肩持ってるあなたに、そんなこと言えるのかッ」


『ミルドレは、誰も傷つけちゃいないわよッ』


「嘘だ! 私の母以外にも、そういうことをしてるんだろうッ!? のほほん笑顔のくせに、とんでもない色魔なんだっっ」



 ぎ――っっ!! 黒羽の女神はものすごく腹を立てた。



『ち・がーうッッ!! ミルドレはミルドレはミルドレは、あのひとはわたししか知らな――いッッッ』


「はあー?」



 今度はオーリフが、ぽかんと口を開けて首をかしげる番だ。



「あの……本当、よくわからないんで説明を……、 女神さまー??」





『うわあああああああん!!』



 垂直に飛びながら、黒羽の女神は泣いた。


 ミルドレはわるくない、全部自分のためにしてくれていることなのに。それでもやっぱり、他の人からはこうとしかみられない。ずうっと心のなかに重かったことが、今オーリフによってはっきり形づけられた。のほほん……色魔……!! ひどっ! でも本当!!


 厚いもやもやの中、……雲をすぽっと抜けた。ぎんぎんに冷えた大気のなかに広がる青い青い空。


 雲の上まで来たのは久しぶりだった。大きく翼をはためかせながら、かの女は輝く金色の太陽を直視する。



『ぐすん』



 女神は立ち泳ぎ……の要領で立ち飛びしながら、腰のあたりをさぐる。


 緑色のみつばが刺繍された、柔らかい手巾が出てきた。それで涙をふいて、鼻をかむ。


 ミルドレはいつだって手巾三枚装備、しょっちゅう泣き出す女神にお供えしている。自然、かわいいのばっかり持っている。


 自分はこんなに泣き虫だったろうか、と思う。


 いやいやいや、ミルドレといると嬉しくって泣かされることがたくさんあるのだ。確かに悲しくてじわっと来ることもある、けれどミルドレと林檎をたべたあの日から、自分は自分のありあまるしあわせを、ぼろぼろ涙にながして嬉しがったのじゃあなかったか。



『やさしきミルドレは、こころ清き我が騎士であ――る!!』



 そうだ。自分だけは、そう彼の女神たる自分だけは、そう信じ切って言い切ろうじゃあないかッ!!



『不撓、不屈ッッッ』




「……おかしいなあ、どこか行ってしまったのかな……ん?」



 ふいっと灰色の空を見上げた、オーリフの真横。

 

 ずどんっっ!! 


 透明な衝撃が石床を揺らした。



「うわッ」



 垂直に降りてきた女神は、微妙に舞い散ったほこり煙幕の中を、ふしゅ~と立ち上がる。


 オーリフはどきっとした。


 その煙の中に一瞬、人影を見た気がした。巨大なつばさ二翼をもつ、小柄な女の輪郭を。



『よくお聞き、オーリフ・ナ・ターム』


「帰ってらしたんですね?」


『お前の実父ミルドレが、どれだけ誇るべき騎士であるかを教えてやるッ』




・ ・ ・ ・ ・




 後日。


 午前の貴族宗主および執政官会議にて、王の口から正式に、ディアドレイ即位とオーリフの“傍らの騎士”就任の決定が告げられた。




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