10 イリー暦161年 テルポシエ王の居室
「こういう相談することじたい、本当に残念なんだけれども。やっぱり心配で仕方ないんだ、分かってるだろうが妃には絶対に言わないでくれ」
「もちろんです」
ごくごく内密に、王の居室に呼ばれたミルドレである。
「君んちの息子さんお嬢さんは、あの子と年が近いし。君もずいぶん接して来たから、分かるだろう? ディアドレイは、おかしいよね」
「まっっっったく、そんなことはございませんッッッ」
ミルドレは腹の底から声を出した、低く抑えてはあったけど。それで正面に座る王は、ちょっとびっくりしたらしい。
「……そう言ってくれるの、嬉しいけどね。でも分かっちゃうんだよ。言われなければ何もしない、いつまでもいつまでもぼんやり同じかっこうで座っている、話すことも素っ気ないというかぶっきらぼうというか……下向くばっかり。はっきり言って、でくのぼうの娘だよ」
「ディアドレイ姫はまだ、たっったの十四歳であらせられますッ」
「けどねえ。九つのグラーニャが、ああもぴかぴか元気に利発では。その言い訳もできないんだよ」
ここ数年、だいぶ肉のついた顔に疲れをにじませて、王は腕組みをした。
「この調子でいくと……、下町方式をとらなきゃいけなくなるかもしれないよ」
「!!」
「庶民さんとこは、合理的にできているよね。女の子でも男の子でも、とにかく惣領が家業を継ぐけど、下の子の方に才能が有れば構わずそっちにあとを任す。それがあるから惣領は必死で勉強するし、自分に向いていないとわかれば、ちゃきっと別の方向へ転換して後腐れもない。適材適所をとるべし、って皆よくよく心得ているから、そんな入り組んだ跡取り問題もきかないんだよね」
「……テルポシエ王室が、そういうわけには……」
「前例あるのだよ、ミルドレ。私の祖父、九代王の姉がそうだった。こっちはぼんやりどころかあまりに破天荒すぎて、ちょうど良い仲になっていたマトロナ侯のところへ降嫁したんだ。……ああ、ほら昨年失踪した娘がいただろう? あすこのうち。消えたのはその孫娘にあたる子で、まあ良く似てたらしいね。旅の途中で賊に襲われて殺されてしまったんだっけか、かわいそうに」
「……グラーニャ様を後継にされて、ディアドレイ様を降嫁させると??」
「心配なんだ。ディアドレイが女王になったら、それこそ夫と近衛のあやつり人形にしかならない。私だってこれだけ影響力を持たないんだから、あの子はさらに権力を奪われるだろう。まさにお飾りの王室へ、一直線だ」