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人間そっくり



ある冬の日の帰り道だったと思います。


川原を通りがかったとき、歩道よりももっと川に近いヤブの中に、女の子が二人いました。中学生ぐらいでしょうか。


歩道からの距離は5メートルほど。二人ともヤブの中にかがみこみ、華やいだ楽しそうな声を上げています。


「すごいねー」

「人間そっくりだねー」


と言って、棒で何かをつついているのです。


その時はちらりと見ただけで通り過ぎたのですが、その「人間そっくり」というフレーズが妙に気になり、しばらく歩いた後にUターンして、先ほどの場所に戻りました。


もう女の子たちの姿はありません。

私は女の子たちが屈みこんでいたあたりに行って、草むらをかき分けてみました。


そこにあったのは石像でした。10歳ほどの男の子の像でしょうか。倒れていて泥で汚れていたのです。


私は、ともかく石像を起こしました。穏やかに佇む男の子の像。服は着ておらず、うっすらと笑うように見えます。


それは確かに人間そっくりでした。空気を含んで波打つ髪の毛、みずみずしい肌、骨格の未発達さを感じさせる柔らかな立ち姿。


その石像は裸だったので、近くの量販店で子供用のズボンとシャツを買ってきて着せました。放っておけなかったのです。


それから私は毎日、仕事帰りにその石像に会いに行きました。薄汚れていた体を磨き、簡単な土台と屋根を作って、周りの草を刈ってと、いろいろに世話をしました。


そのうち、私と同じように石像の世話をする人も現れました。


近所のご老人が多かったようです。簡単な小屋は立派なほこらのような建物となり、周りを掃除したり、石像のためにマフラーを編んであげたり、花やジュースなどを供えたりと、みんなその活動を楽しんでいるようでした。


私も毎日のように石像に通いました。その石像の世話をすることしか考えていないような日々でした。


どのぐらい経ったのでしょうか。その日も、私は熱心に石像を磨いていました。


そんな時、華やいだ声が聞こえた気がしました、いつかのあの二人組の女の子でした。


女の子は私のほうは見もせず、二人で話しながら通り過ぎていきます。


「すごいねー」

「そっくりなだけなのにねー」


時間が止まったような気がしました。

あるいは、女の子たちはまったく関係ない話をしていたかも知れません。


だけど、私は疑念の鎖が首に巻き付いたように感じました。


私は、なぜこの石像を世話しているのだろう。


人間ではないものを。


社会のことを、生身の人間のことを気にもかけず。


この石像だけを。


手に持った雑巾が重く感じました。呼吸は早くなって、足から力が抜けるように感じました。


そうだ、あれから。


あの日から、何日たったのだろうか。


何週間、何ヶ月、何年。


石像の周りには、おびただしい数のジュースの缶。古着や置物、お堂のようになっていた立派な建物。


私はよろめいて後退しました。


その、顔が。


石像の薄い笑いが、とてつもなく恐ろしいものに思えて、逃げ出したのです。


あの石像は、何だったのか。

誰が何のために作ったのか。


あれは、誰かが、ヒトの善意をあざ笑うために作った。


そう、思えてしまうのです……。


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