表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

笑っている



警察官をしております。


ある時のことです、警察業務の一環として独居老人のお宅を訪問して回っていると、道の端に女の子がうずくまっていました。


どうしたのかと声をかけると、家に帰りたくないと言うのです。


なぜかと聞けば、笑っている人がいるから、との事でした。


その子が家に帰る途中、ある家の前を通るそうです。そこに笑っている女が出て、その笑い顔が怖くてたまらず、通るのがとても怖いと言うのです。


笑い顔が怖い、ということの意味が分かりませんでした。そのように正直に答えると、女の子はランドセルからノートを取り出して、一枚の絵を描きます。


出来上がったものは人間の顔でした。女性のように見えます。

目には黒目がなく、髪は長く垂れ下がっていて、口の部分が異様に上下に引き伸ばされて、紙の半分ほどを占めています。女の子は赤鉛筆で、その口の中を真っ赤に塗ります。


笑っているように見えるのですが、狂おしくて不気味で。確かにぞくりとするような恐怖を覚えました。


私はその子の手を取り、家まで送ることにしました。


住宅街を通り、少しさびれたアパートの脇を抜け、裏路地へ。人とすれ違うことはありません。


そこ、と、女の子が言いました。


その子は恐怖に震えていて、私の手を強く握っています。けして横を見ようとせず、自分の靴だけを凝視するような姿勢です。


私は右手側を見ました。そこには古びたアパートがあり、その二階に。


笑っている。


そう見えたのは窓から見えるぬいぐるみでした。

大きめの白熊の前に赤いペンギンという並び。部屋が暗いため、遠目で見るとワンレングスの色白の女性が、大口を開けて笑っているように見えるのです。


私はそのように説明しました。女の子はごくわずかに首を動かし、脂汗の浮いた顔で、唇を青く染めながら私を見ています。


妙な女の人なんかいない、ぬいぐるみがそう見えているだけだ、と説明し、窓を指さそうとすると。


やめて。


と、絞り出すような声で言います。


怒らせてしまうから、指をさすのはやめてほしい、と言うのです。


私もさすがに戸惑いました。こんなに恐怖を感じていては、生活に支障が出るのではないかと。


結局その後は会話もなく、私は女の子を家に送り届けました。


彼女の母親は驚いた様子でしたが、妙な女性の話をすると、ふうとため息を付きます。


いつもそう言うんです、と。どうやら母親も困っている様子でした。


基本的に、学区内であれば通学路は融通がきくはずです。どうしても怖いなら変えるという手もありますので、学校と相談すると良いでしょう。と告げました。


女の子はずっと真っ青なままでした。


その家を後にしても、私はずっと気が晴れないままでした。

ぬいぐるみが人の顔に見えただけという錯覚。それだけのことにあんなに怯えるというのもかわいそうな話です。今後のパトロールで、あの子を見かけたら様子に気をつけておかないと。そんな風に考えていました。


ふと、気配が。


顔を上げて横を見ると、白と赤が。


白熊のぬいぐるみにの前に、赤いペンギンという並び。さっきとは違う家です。


流行っているのか、と、深く考えず歩を進めます。


また気配が。右手を見れば白熊と赤いペンギン。


あの家も。


向こうのアパートにも。


赤いペンギン・・・・・・


よく考えると奇妙です。そういうキャラクターがいるのでしょうか。


あの家も、あっちにも、その隣にも。


錯覚。


そんな言葉が浮かびます。


そう、あれは笑う女ではない。白熊と赤いペンギンのぬいぐるみ。


どちらが錯覚・・・・・・


私の背中を、氷点下の悪寒が這い上がりました。


私はもう顔を上げられませんでした。


もし顔を上げて、目の前に白熊と赤いペンギンがあったなら、私の心は砕けたかもしれない。


私は震える足で歩き続けました。一刻も早く同僚と合流しなければ。交番に戻らなければ、それだけを頭の中で唱え続けて……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ