第八話 柄の悪い男たち
王都を出てから三日。
グレースはあちらこちらの宿を転々としながら旅を続けていた。
「いくら軽装になったとはいえど、徒歩での旅は大変ですね。しかし、乗り物を使うわけにもいきませんし……」
はぁとため息を吐き、彼女はすっかり腫れ上がってしまった足をさする。
今まで貴族令嬢として生きてきた彼女にとって、歩き通しで長い距離を進むなど無茶なことだった。それを身をもって思い知らされて彼女はゲンナリしている。
馬に乗れないのが災いした。平民も金を使えば買えないことはない馬だが、グレースには乗馬技術はこれっぽっちもなかった。
まあ、貴族時代に練習しなかったことを今更悔やんでも仕方ないし、歩くしかないだろう。
たった三日間だが、平民ライフで困ることがわかってきた。
第一に食事。これは正直言って誉められたものではない。平民には舌の肥えた者がいないのかも知れないし、単純に金がかかるだけかも知れないが。とにかく味が薄いのだ。
そして次に大変なのが身繕い。侍女がいないから自分でしなくてはならないが、香水もなければ化粧品もなく、髪に櫛を入れる余裕もない。
今までの半生がどれだけ恵まれていたのか、グレースは改めて実感させられた。
「平民の方々は貴族より強く生きているのですね。……もしも再び上に立つことがあれば、彼らのことはきっちり考えませんと」
グレースの最終目的は有名な冒険者になり、この王国を乗っ取ることである。
だからいつかは国を指揮する立場になるかも知れない。そうなった場合に今の平民として得る知識や経験は活きてくるに違いなかった。
と、そんなことを妄想しながら、人気のない路地を歩いている時のことだ。
彼女を呼び止めるガサついた声が聞こえたのは。
「――お嬢ちゃん、そんなとこで一体何してんだい?」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべていたのは、いかにも貧民という感じの男たちだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「乞食の方々でしょうか。生憎、ワタクシ今はお金がないのです。あなたたちに恵んでやれるような物は持っていませんよ?」
ボロ服を着た男たちへ、グレースはそう微笑みかけて見せる。
乞食というのはこういった道端に座り物乞いをする者たちのこと、と父が言っていた。同時に「其奴らに一切の温情を与える必要がない」とも。
もしも彼女が侯爵令嬢のままであったら、護衛が不敬罪により速攻首を跳ねているに違いない。しかし現在は平民という立場にあるので、あくまでにこやかに接することを心がけた。
そんなグレースに対し、男たち――三人グループらしい――は、明らかに機嫌を損ねたような顔をする。
それを見てグレースは察した。
「あら、乞食ではなかったのですか。それは失礼いたしました」
「お嬢ちゃん。どこの娘か知らねえけどよぉ、俺らはこの町のボスって呼ばれてる男なんだぜ?」三人組の中でも一番大きな男が言った。「俺の言うことをよぉく聞きな」
それから彼は続ける。
「お嬢ちゃん、その手に持ってる袋の中にあるのは硬貨だろ? それを俺たちにちょこーっと分けてくれないかい?」
「もしも嫌だと言ったら?」グレースは首を傾げた。「それにこの中身はただの肉の塊ですよ」
もちろん本当は、袋に金銀貨を詰めているのである。
さすがに硬貨を手に持っていることはできなかったので、袋を買ったのだ。
……肉の塊という言い訳は不味かったでしょうか、と今更ながら思った。
「いいからさっさとその袋を渡しな」
リーダーとは別の男が要求する。おそらく、この乞食集団の下っ端だろう。
グレースはそれでも余裕の笑みを崩すことはなかった。
「まあまあ、なんとも物騒なことをおっしゃるのですね。もしもワタクシが渡さなければ、あなたたちはこれを強奪するとでもおっしゃるのですか?」
「あぁ、そうだよ!」さらに別の男が叫ぶ。「とにかく早くしろ! 次はねえぞ」
はぁ……。
男たちにいくら脅されようとも、グレースは全く恐怖していない。むしろちょっとした面倒ごとができた、と心底うんざりしているくらいだった。
いちいち貧民ごときに構っている暇はない。彼女が目指す先はもっと高みであり、このクズ虫たちをどうこうしたところで何の利もないからである。
しかしこちらの邪魔をするつもりなのであれば話は別だけれど。
「柄の悪い殿方ですね。どうやら貧民というのは頭がよろしくないようですので一応、ワタクシから警告しておきます。ワタクシを舐めるときっと痛い目を見ますよ?」
「何言ってんだ、小娘が」
「もういい、やっちまおうぜ」
「覚悟しな。泣いて謝れよ」
彼らの言葉に、思わず笑みが漏れる。
愚かだ。殺意を瞳に宿す彼らはあまりに愚かで、思わずグレースは声を立てて笑ってしまった。
「ふふっ。考えなしに行動することは命取りになるのですが……、そんなこともわかりませんか?」
さらにそれは男たちを激昂させる火種となる。激昂して飛びかかる彼らへ、彼女は一言。
「『火に炙られ燃え、灰となれ』。――クズはクズなりの最期を、ですね」
直後、男三人の体を真っ赤な業火が包んだ。
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