第六話 復讐を誓って
宿を取るのは簡単ではなかった。
まず、銅貨三枚というのが高いのだか安いのだかが判断がつかない。なので、何日間滞在できるのかが測れない。
店主に聞いてみると、金貨一枚=銀貨百枚、銀貨一枚=銅貨百枚。それを考えてみればそこそこな金額な気もする。
宿はそれなりに綺麗だったし、貴族時代であれば汚らしいと文句をつけたいところだが、王都の商店街を見た後ではそれは贅沢というものだろう。
商店街の一角には、乞食という金なしの人間たちがいて、床の上で眠っていたりするのだと聞いたからだ。
宿屋のベッドに横になりながら、グレースは「はぁ」とため息を吐いた。
これから自分は、どうやって過ごしていけばいいのか。
「そもそも私に何の罪もないのに、こんな思いをしなければならないのはおかしいのです。私が何か悪事をしたのであればそれも受け入れましょう。しかし……」
ジェイミーと両親の策略に嵌まってしまったことは、こちら側の落ち度かも知れない。
しかしそれだけで、追放されるなどというのは不当だ。このことは正しく責任を取らせるべきだろう。
王太子だけではない。ジェイミーにも、そして侯爵夫妻にも。
――つまり、復讐をしてやりたいのだ。
「復讐の方法をまずは考えなくてはなりませんね……。私は平民落ちをしたのですもの、取れる手段は少ない。頭を捻らなければ」
金を使って暗殺者を雇う、だなんてことも今は不可能なのだ。
例えできたとして、その方法ではグレースは満足できない。殺すのではなくじわじわと苦しめ、そして破滅へ追い込んでやろうではないか。
「私、悪役に仕立て上げられたんですもの。本物の悪に染まったって、いいですよね?」
誰にともなく問いかける。
元々、彼女は品行方正な少女だった。だからこそ今まで誰にも見向きをされずとも不平不満を言わずやってきた。
しかしそれは侯爵令嬢という地位があったからこそ。それを捨てさせられた彼女にとって、正義を貫く必要などかけらも感じられないのだった。
とりあえず王太子に復讐するためには、ただの無名の平民として生きていくわけにはいかない。
王家御用達の商人やら何やらになる必要があるだろう。しかしグレースにそんな商才はないから、他の職業を考えるべきだろう。
例えば……侍女などはどうだろうか?
女の使用人は男に近づけない。なので、その場合に狙うのはジェイミーになる。
が、侍女やメイドになるにもある程度の立場が必要だ。
大抵の場合は、王宮に入れる侍女は伯爵家以下の次女三女がなる職業。平民落ちしたグレースになれるはずがなかった。
庭師などその他にも距離を詰める方法はあるが、望んでいるのはそういったことではない。
政治的に、または経済的にハドムン王太子らを制圧し、復讐を果たしたかった。
「それにふさわしい仕事を街へ探しに行くことにしましょうか。私にはまだまだ平民としての知識が足りませんからきちんと学んでいかないといけません」
でも今日は疲れたので、また明日にしよう。
眠って目が覚めたら、もしかするといつも通りの侯爵家のベッドの上に寝かされているのではないかと思える。
これが全て夢だったらいいのにとは思わないが、あまりにも突然すぎたのでついていけていないのが正直なところだ。
一日にして、色々なことがありすぎた。
考えるのも嫌になる。今は、もう眠ってしまいたい。
脳裏にハドムン王太子の顔と、家族だった者たちの姿が蘇る。しかしグレースはそれを復讐すべき対象としか捉えられなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして翌朝。
やはり現実だった。婚約破棄され家を追われた事実は変わらず、硬いベッドの上で目を覚ます。
彼女はドレスを引きずりながら再び市場へ向かった。
昨日はできなかった情報の収集、それにさらなる買い物が必要である。
今日も街は賑わっている。
また人の波に揉まれながら、グレースは人々の会話に耳をそばだてた。すると、色々な会話が聞こえてくる。
その中で知ったのは、グレース・アグリシエが王太子の婚約者を降ろされた件について平民たちには知らされていないこと。というか王侯貴族の話がほとんど耳に入ってこない。
まあこれは当然と言えるだろう。王家や貴族の情報を平民が得るのは難しいと聞いたことがある。
大体、そういう情報は内密にされるものだ。誰かが意図的に流す場合があるが、しかし侍女などがその家を辞した場合の話であり、漏洩は極端に少ない。
ちらほらと耳にした話といえば、王都は最近景気がいいこと、地方の寒村などに魔物が溢れているとの情報があるという話。
そして、
「冒険者ですか」
各地の魔物を退治したりする者、それが冒険者というらしい。
彼らは様々な種類の人間がいるのだとか。そんな中でたくさん仕事をこなし、有名になった者は国王に褒美をいただけるとも聞いた。
――悪くない。
グレースは静かに笑う。
いいものを見つけた。これなら、いけるのではないか。
国王に賞をいただけるくらいなのであれば、もちろんのこと金や人を動かすこともできるはず。
そして仲間を集め、王族や貴族を失脚させることくらい容易いに違いない。
思わず口角が笑みの形に歪んだ。
「私、冒険者になります。そして必ず、愚か者に裁きを」
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