第五十話 冒険者夫婦は自由で幸せ
あれからまもなくして、グレースとセイドは結婚することになった。
結婚式はオーネッタ男爵家で開かれることになり、すっかり友人の男爵夫人はそれはそれは盛大に祝ってくれたものだ。
グレースの黄金のドレスが光り輝き、それはそれは美しかったという。
でも当の本人はセイドと結婚できるということが嬉しく、それどころではなかったのだが。
そしてさらに数日後。
ギルドの冒険者たちに祝福される中、もう一つ嬉しい知らせが届く。
冒険者パーティー『必勝の牙』は前人未到のSランクを達成し、最強になったのだ。
「やりましたねセイド様!」
「グレーが嬉しそうで何よりだよ」
ちなみに、Sランクになったことで国王からの栄誉式が行われるとの話があったが、もちろんのこと彼らはそんな場には赴かなかった。
あくまで彼らが求めているのは冒険者としての生活であり、名誉ではない。ましてや王族に表彰されても嬉しくないのは周知の事実だったので、国王もすぐに了解の意を示した。
そんなこんなありつつ、『必勝の牙』はますます活躍。
時には他国へ飛んで行ってまで仕事をするようになり、貴族かと思うくらいの大金を手に入れることに。それは全て貧しい人々に分け与えたのだから、さらに評判が上がった。
こうしてグレースとセイドの冒険者夫婦は成功を収めたのである。
「でもそんなことはワタクシにとっては正直どうでもいいのです。ただセイド様といられて、自由さえあれば……ただそれだけで幸せです」
「僕もだよ、グレー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなある日の朝。
グレースが身支度を終えてギルドへ向かおうと家を出ると、王国兵らしき者が走って来た。
また何か不穏なことが、と一瞬思ったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
その兵士はなんとこう言ったのだ。
「ジェイミー王太子妃殿下からお手紙を受け取ってございます」と。
彼女とはすでに一応の決着はついているはずである。
眉を顰め、何の用事だろうと思いながら、一旦家に戻って手紙の封を切る。
そして可愛らしい便箋に記された文字を読み始めたのだった。
『拝啓 女魔道士グレー様
ごきげんよう。お元気でいらっしゃいますでしょうか?
オーネッタ男爵領の海辺の屋敷にお住まいだと聞き及びました。あそこの海は昔わたしも行ったことがあってとっても綺麗だった……。とても素晴らしいに違いありませんね。
グレー様、どうかこの場ではあなたのことをお義姉様と呼ぶことをお許しくださいませ。勝手ながら、あなたを他人行儀で呼びたくありませんの。
あなたとセイド様のご活躍はお聞きしておりますわ。近頃は次々に新しい魔石の採掘場所を見つけているとか……本当に素晴らしい限りですわ。
わたしの方は無事にハドムン様と結婚し、元気な男児を授かりましたの。名はジェドミンと言いますのよ。
わたし、とっても幸せな毎日を過ごしております。
……そうそう。お義姉様たちもご結婚なさったとのこと、おめでとうございます。夫にセイド様が隣国の皇子セイドリック様だと聞かされた時、正直びっくりいたしましたわ』
どうやら敵意があるものではなさそうだ。そう思い安心すると共に、グレースは思わず小さく笑う。
セイドの正体を見抜いたのはハドムン王太子か。ずっと隣でいた自分でさえ気づかなかった事実を一瞬で悟るなんて、アホ王子にしては上出来ではないか。
聞かされたジェイミーの驚きようが目に浮かんだ。
それにしても二人が結婚したとは聞いていたが、もう出産していたとは。仲がいいのだろうなと思った。彼らも案外うまく行っている様子で何よりだ。
少しばかり微笑ましい気持ちになりながら、再び手紙に目を落とす。
『「手の届かぬ雲を追い求めている者は、足元の花を踏み潰してしまう」。あなたはそうおっしゃいましたね。
その通りです。過去のわたしはあまりに愚かで足元の花――大切な物たちを蹴散らしそうになってしまった。でもわたし、お義姉様に救われたんだと今は思っておりますの。
お義姉様、これが届かぬ雲だということはわかっておりますわ。でもわたし、やはり諦められませんでした。
わたしはあなたから色々なものを奪い続けてしまいましたわ。なのにこんなに幸せになってしまい、ごめんなさい。
お義姉様は今でも、わたしを恨んでいらっしゃらないのでしょうね。そのことはわたしにはひどく残念に思っておりますの。いっそのこと恨まれた方が気が楽でしたのに。
本当にずるいお方。お義姉様はずっと、わたしに勝たせてくれませんものね。
わたしとお義姉様は道を違えてしまった。けれどわたし、お義姉様のこと、一生忘れたりしませんわ。
だってあなたはわたしに素敵な出会いをくださったんですもの。今日はそのお礼が言いたくて、お手紙いたしました。
おめでとう。そしてありがとう、お義姉様。
どうぞお幸せに――。
愛を込めて 王妃ジェイミー・ボークスより』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジェイミーったら……」
手紙を読み終えたグレースは呟いた。
喜べばいいのか、「今更そんなことか」と笑えばいいのか。
複雑な気持ちのまま何度も何度も読み返す。そしてかつて義妹だった彼女の姿を思い浮かべ、ふぅと息を吐いた。
後で出産祝いの手紙を送り返すかどうかを考えていたその時のこと。
「何を読んでいるんだい、グレー」
突然、背後から優しく声をかけられる。
振り返ると案の定、そこには白髪の青年が身をかがめ、こちらを覗き込んでいた。
グレースは慌てて手紙を折りたたみ、そっと胸元に隠した。
セイドにはなんだか見せたくないような気がしたのだ。
「いいえ。別に大したものではありませんよ」彼女はにっこり笑った。「さあさあセイド様、早く行きましょう?」
「グレーはせっかちだなあ。……そうだね、そろそろ出ようか」
そう言って二人は手を繋ぎ、海辺の屋敷を後にしてギルドへと向かう。
いつも通りの朝、暖かい陽光が二人を眩く照らしている。今日も彼らの冒険者としての一日が始まるのだった。
〜完〜
これにて完結。ご読了ありがとうございました。
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