第四十九話 似た者同士
「セイド様はワタクシのこと、どう思っていらっしゃいますか?」
月夜の下、並び立つ彼へとグレースは問いかける。
セイド――本名セイドリック・オンダルンなる青年は自分のことを情けない男だと言った。
しかしグレースはそうは思わない。
だって彼女にとって彼は輝いている。どんなに弱いところがあったとして、彼は勇ましく、そしていつでも優しくいてくれる素敵な、たった一人の仲間。
そしてグレースが初めて真に愛した男なのだから。
「もしもあなたがワタクシのことを迷惑に思ったり、女として見ることができないというのであれば、ワタクシはキッパリと諦める覚悟はついております。ぜひともあなたの本音を聞かせてほしいのです、セイド様」
わざと今まで通りにセイドと呼んだ。
グレースが愛しているのはセイドリック・オンダルンではなく、ただの流れ者の戦士であるセイドだ。それ以上の肩書きなんていらない。
グッと迫ると、セイドはルビーの瞳を震わせた。
グレースは背が高い方でセイドとそれほど身長差はない。それにどこか威圧感を感じたのかと思ったが、違った。
「……くしい」
グレースは彼の口から漏れ聞こえた言葉を耳にし、にっこり微笑む。
それは一番、今までの人生で見せた中で一番美しい笑顔だった。
「もう一度、言ってください」
「…………っ」
「お願いです。もう一度、言って」
――あなたのその言葉がたまらなく嬉しいから。
倒れていないことが不思議なほどに胸が高鳴っている。クラクラと眩暈がした。
「美しい。君は、美しすぎる。僕には勿体無いくらい、美しすぎるんだ」
「当然です。ワタクシの美貌は天下一なのですから!」
「君がほしい。君が――グレーが好きだ。でも……」
そう言って、セイドが俯いた。
そんな乙女のような反応が可愛らしく、焦ったい。グレースは彼に身を寄せた。
「それでもまだ躊躇うなら、ワタクシがわからせてあげます」
そして、まっすぐに桜色の唇を突き出す。
それはぐんぐんとセイドの顔へと接近していった。戸惑い、瞬きを繰り返しながらも避けられることはない。それを確認してからグレースは――唇を重ねた。
初めての口づけは、甘くてとろけそうな恋の味がした。
グレースはかつて婚約者を持っていたが、一度もこのようなことはしなかった。
支えるのが自分の役目であり存在意義だと信じ込み、きっと命じられれば口づけとて躊躇わなかっただろう。
だが彼女は今、己からそれをしたのだ。それがグレースにできる精一杯の表現だった。
「もう、離させませんよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日はセイドを屋敷へ招き、一緒に眠った。
互いに頬を赤らめながらも愛を確かめる。その時間はグレースにとって最高なひとときだった。
ベッドの中で彼はグレースの髪を撫でながら言う。
「僕なんかがいいのかい、本当に」
「もちろん。セイド様じゃなきゃ、お断りです。――それにワタクシたち、似た者同士だとは思いませんか?」
「似た者同士?」
「そうです。互いに高貴な身分を捨て、平民に堕ちた身。そうして冒険者の道を選び、共に日々を過ごし、ずっと想いを伝えられぬままに愛し合っていた。……ワタクシたちが出会ったのは運命だったのだとワタクシは思います」
ハドムン王太子に婚約破棄されたのも、ジェイミーに貶められたのも、その他の色々なことだって。
全てはセイドと出会うという幸運のためにあった些細な障害だったのだ。全ては最初から定まっていたのではないかとグレースはそんな風に考える。
彼女の言葉に対し、セイドは無言で頷いた。
「そうだね。きっとそうに違いない。僕は己の責務を投げ捨てた愚か者だ。その代わり僕の魂は君に捧げるよ」
「まあ。なんて嬉しい。ではワタクシは、この身の全てをあなたに捧げると誓いましょう」
再び濃厚なキスを交わす。
ああなんて幸せなのでしょう、とグレースは思った。彼といられるのならそれだけでいい。そんな盲目的な愛を抱いている自分に気づき、思わず苦笑する。
そのまま二人は、夜が明けるまでずっと身を寄せ合っていた。
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