第四十六話 諦め切れないから
ジェイミーサイドです。
グレースたちがいなくなると、広間にはしばらく呆然として突っ立つ人々の姿が見られた。
しかしそのうちに皆我に返ってバタバタと動き出す。多くの者は彼女らの後を追おうとして王に制止され、残りの者は恐怖に震え上がり、大騒ぎが始まる。
一方でジェイミーはその様子をどこか他人事のようにただじっと見つめていた。
結局、彼女は――お義姉様は何をしたかったのだろうと、そう思いながら。
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その後は大変だった。
国王とハーピー公爵、並びに他の重要貴族たちが緊急で会議を開き、協議。
結局はなんとか平穏にことが済んだらしいが、ワードン伯爵家は取りつぶしになった上、アグリシエ侯爵夫妻もしばらくは顔を出さないようにと言いつけられ、王城を追い出されていった。
他の貴族たちも慌ただしく広間を出ていった。
そして、残されたのは国王に王妃、ハドムン、ジェイミーの四人だけになった。
「……ハドムンよ。この度の失態、グレース嬢に許されたとていい気にはなるな。余たちは判断を誤っていたのだ」
国王の言葉に、ジェイミーの隣に立つハドムンが深く頷く。
いくらグレースが王太子であるハドムンへ唾をかけた事実があるとはいえチャラになる話では全然ない。彼らはジェイミーのせいで、国家を揺るがしかねない大事件を引き起こしてしまったのだ。一歩間違えば命はなかった。
王妃の視線がスッとこちらへ向けられる。
「ジェイミー・アグリシエ。あなたが我が王家の顔に泥を塗ったのです。自覚はありますね?」
「……はい、わかっておりますわ王妃殿下」
「あの優秀な娘を冤罪で陥れたなど、到底許されていいはずがありません。やはりあなたは王妃としての素質がない田舎娘だったようです。早々にここを立ち去り、勝手に没落でも何でもなさい」
王妃の言葉を受け、ジェイミーは震えた。
当然の話だ。『打倒義姉作戦』に失敗し、敗れ、これだけしでかしたことが露呈したのだから。でも……。
「お義姉様は」
ジェイミーを許すどころか、言外に「お幸せに」と、そう笑っていたのだ。
酷いことをし続けた、憎くてたまらない義妹に違いない自分に笑いかけた。その事実がジェイミーの胸に刺さる。
義姉はジェイミーがどうなることを望んでいたのだろう。
わからない。わからないが、ジェイミーは。
「ハドムン様が……ハドムン様がそれを望むのであれば、わたしは戻らせていただきますわ。わたしがどれだけの大罪を犯したかの自覚はございますの。ですが、どうしてもハドムン様のお言葉をいただいて決断したく」
王妃がわかりやすく顔を顰めた。「ハドムン、どうなのです。まさかその娘を妃にするなど申さないでしょうね?」
ハドムンはじっとジェイミーを見つめている。
彼は被害者だ。きっとジェイミーのことを嫌い、拒絶するだろう。それでもいい。だが彼の言葉を聞くまではどうしても諦め切れないから。
彼のことを本気で好きになってしまったことを今更ながら後悔した。
「――ハドムン様」
呼びかけるとハドムンの黒い瞳が揺らめいた。
しばしの沈黙が流れる。――そして、
「二人で、話させてほしい」
ジェイミーに優しい微笑みを向け、彼女をあの庭園へと連れ出したのだった。
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すぐに婚約破棄を突きつけられると思っていた。
『愛している』とは言われた。だが、ジェイミーの本性を知られた以上、好きなままでいてくれるはずがない。
なのに彼からは少しも冷たさが感じられなくて戸惑う。一体、どうしてここまで連れて来たのだろう……?
この庭園は思い出の場所だ。
最初、グレースがハドムンにお茶会へ呼ばれた時、おまけのようについて行ったのが彼との初めての出会いだった。
その時、金髪のキラキラな王子様と義姉が仲良くしているのを見て――『王妃様になるだなんてずるい。この人はわたしのもの!』と心の中で宣言したのが全ての始まりだったのをよく覚えている。
そして接触を増やしハドムンを手に入れた後、ここで「お義姉様にいじめられている」と涙を流してお願いして。
よくこの場所でハドムンと二人の茶会を開いたことも思い出す。そして、本気で彼への気持ちを自覚したのも……。
「ああ、懐かしいわ……」
全てが遠いことのように感じられる。
あの時もし、彼と出会っていなかったら。あの時もし、嘘をついていなかったら。
もしもの話をしても今更仕方ないのにそんな風に考えてしまうのは何故だろう。
「――ジェイミー」
自分の名前を呼ぶ声がして振り返ると、そこにはハドムンの顔があった。
いつになく真剣な目でじっと見つめてくる。ジェイミーは作り笑いをした。
「ハドムン様は、わたしを見損ないましたか? わたしと出会ったこと、後悔していらっしゃいますわよね」
「――――」
沈黙が返ってくる。
ジェイミーは不安になりながらも続けた。
「お義姉様はわたしを許してくださいましたわ。でも、わたしがお義姉様にしたのはあまりに酷いことで……ハドムン様を騙してしまったのです。わたしはただ、あなた様がお義姉様のものになるのが許せなかっただけ。お義姉様だけ幸せになるなんてずるい。ただその一心であなたを振り向かせ、お義姉様を突き放した。……笑ってしまいますわね。所詮、わたしは平民ですもの。何もかもを持っているお義姉様が羨ましく、妬ましかったのですわ。
わたしのような女、王妃殿下のおっしゃる通り、王太子妃や王妃にふさわしくない……ですわよね。でも、でもっ」
声が詰まった。その先の言葉が出てこず、代わりに涙が溢れてしまう。
泣くべきじゃない。そんなことはジェイミーにだってわかっているのに、止まらなくなった。
「わたし……ハドムン様のことが好きなのっ……! でも……こんなのって!」
せめて突き放してくれれば良かった。それだったらジェイミーだって、「負けてやるものか」と強がって、ハドムンにしがみつくこともできたかも知れない。
けれど、最後に見た栗色髪の少女は厳しくも優しく、だからこそジェイミーは自分で自分を許せなくなってしまったのだ。
「わたしを、捨てて……。そしたらわたし、諦められるから」
――なのに。
「心配するな。私はお前を愛している」
ハドムンは笑顔でそう言い切り、ジェイミーの唇を奪った。
こんなの、初めてじゃないはずなのに、胸の鼓動が一気に激しくなる。
なぜ、どうして。そんな疑問の言葉が次々に浮かんだ。
「は、ハドムン様は……どうして」
「たとえジェイミーが悪女だったとしても、ジェイミーは可愛い。私のたった一人の天使だからだ」
「そんなっ。だってわたし、罪人も同然ですわ! ワードン伯爵夫人を使ってお義姉様を暗殺しようともしました。それに冤罪で処刑させようとも」
「知っている。それでも大好きな気持ちはどうにもできない。私は王太子である以前に君の婚約者で、一人の男なのだから」
震えた。
どうしようもなく、震えた。
「約束しただろう? 一生支え続けると。だからこれからも私の傍にいてくれ、ジェイミー。罪人同士、お互い力を合わせて生きていこうじゃないか」
「――っ」
どんなに自分に言い訳してもやはり諦め切れないから。だから――頷いて、彼の手をもう一度握ってしまった。
お義姉様ごめんなさいと、そう心の中で呟きながら。
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王妃を筆頭とし、反対の声を上げる周囲の貴族たちを黙らせることは容易ではなかった。
それでも二人の強固な意志と愛で押し通し、放置していた公務や教育などに積極的に取り組むなどして、一月後に無事、幸せで輝かしい結婚式を挙げることになる。
魔物被害が激減したこともあり国民は祝賀ムード一色、大きなパレードが行われたほどだ。
その裏で活動を続けた冒険者たちの名が公に知れ渡るようになったのはほとんど同じ頃である。ジェイミー王太子妃はその話を聞いて、嬉しそうに微笑んだのであった。
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