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第四十四話 追い詰められたアホ王子

 ハドムンサイドになります。

「……まさか」


 大罪人グレース。

 彼女が諸悪の根源など信じて来たというのに、それが大きく揺らぐ事態を前にして、ハドムンは狼狽えていた。


 ――グレースが王弟殿下を誘拐・殺害した。

 そこまでは良かった。「やはり追放処分では足りなかった。処刑してようやく彼女とのけじめがつけられる」とむしろ喜んでいたくらいだ。

 グレースを捕らえ、国王などの元に断罪する……はずだった。なのに。


 突然白髪の男が広間へやって来て、グレースを拘束していた兵士どもを吹き飛ばした。

 その凄まじい光景に目を見張っていると、ハーピー公爵まで現れる。わけがわからない状態の中、グレースの王弟暗殺疑惑が冤罪であったのだと証明されていく。

 ……もっとも、本当に王弟を殺したのはグレースなのだが、事情を聞けば確かに正当防衛だ。


 本当なのかと反論したい。

 でも、ハーピー公爵は抜け目のない人間だ。いくら味方のものであろうとも、偽証はしない。だが、それでは。


 ――ジェイミーが大嘘つきだということになるのではないだろうか?


「そんなの聞いてませんわ! 誰よあんた、何よ何よ何よっ! 何勝手なことしてくれてますのよ、このクソ女は最悪な大罪人なのよっ!? わたしを暇さえあれば馬鹿にして、嗤って! 冤罪なんて……わたしが悪いみたいじゃないの。お義姉様、あんたが仕組んだのね!? こうなるってわかってたから平気な顔をしてたんでしょ!? ずるいっ。ここはわたしの舞台なのに。これが終わったらわたしは幸せに、ハドムンと幸せに! なんであんたがそんな男とベタベタしてこっちを見てるわけ!? 大体その男何様のつもりなのっ。わたしは侯爵令嬢よ。わたしはハドムンの婚約者なのよ……。ずるい、ずるいですわ。最初からこのつもりで」


 直後、彼女が叫んだのは悪意の塊だった。

 それを聞いてハドムンは青ざめる。そして全てを理解し――震えた。


 ジェイミーは、ハドムンの天使は、義姉に嫉妬しただけなのだ。

 嫉妬のあまり「ずるい」を爆発させ、あることないことハドムンへ吹聴した。だとすれば、あの鞭打ちの形跡でさえ、グレースの言っていた自傷行為でつけたものなのかも知れない。


 根幹がガタリと崩れていく音がした。


 もしも。

 もしもグレース・アグリシエだったあの少女が、罪なき人だったとしたら?

 ハドムンは彼女から色々な物を奪ってしまった。金も、名声も、王妃という座も。


 謝るだけでは済まないだろうな、とぼんやり思った。


 しかし同時に頭をよぎったのは、彼女の義妹の存在。

 例えジェイミーがグレースを貶めたのだとしても、ハドムンは最後まで彼女を庇ってやらねばならない。


『信じろジェイミー。私もできうる限り、支えてやる。一生、約束だ。――愛してる』


 過去に彼女へかけた言葉が脳裏に蘇った。

 そうだ。約束したのだ。それであれば、ジェイミーを、例え悪女であろうとも支えてやりたいと思った。


 ではどうしてグレースは切り捨てたのか。彼女だって婚約破棄当時は元婚約者で、彼からすれば悪女であり、守らなければいけない存在だったというのに。

 ハドムンはその疑問に思い当たり、しかしすぐに一つの結論を出す。ハドムンもまた、彼女に嫉妬していたからだろうと。


 グレース・アグリシエという少女はあまりにも何もかも出来すぎた。

 例えば社交は大得意だったし、王妃教育も済ませて学歴は超優秀。魔法も何もかもが彼女の方が上。並び立つと自分が劣って見えてハドムンは嫌だった。

 ……そのせいでジェイミーを選んでしまった。しかし今はそのことを後悔している暇はないし、後悔したくもない。ハドムンはジェイミーを愛している。ただそれだけでいいのだから。


 泣き叫ぶジェイミーに、「謝罪なさい」とグレースは言った。

 それが彼女なりの義妹への思いやりか。一方で、どこまでも冷たい視線をジェイミーに向ける白髪の男は何なのだろうとハドムンは腹立たしく思った。


 お前にはそんな目で見られる理由はない。不敬だぞと叫びかけ、気づく。

 白髪に……紅色の瞳……? そんな、まさか。


 サァーっと血の気が引いていくのがわかる。

 ハドムンは慌ててジェイミーの前に出た。このままでは彼女が危険だと、そう思ったから。


「この度の件の責は私にある。ジェイミー・アグリシエに全てを指示したのは私だ。決して、ジェイミーの意思ではない!」


 あの男から愛する彼女を庇うため、ハドムンは大嘘を吐いた。

 あの男だけはやばい。例え身代わりになって自分が殺されたとしても、この男の恨みを買ってジェイミーが殺されることだけは避けなければならなかった。


 畜生。どうして今まで気がつかなかったのだろうか。

 戦士などと自称していた上に服装も雰囲気も大きく変わっていた。でも確かに声や仕草は見たことがあるものだったというのに。

 この国は終わりかも知れない、とハドムンは思い、絶望した。


 栗色髪の少女がわずかに目を見開き、背後で震える少女も息を呑むのがわかる。

 そして同時に白髪の青年が静かに笑ったのをハドムンは見逃がさない。


 彼は言った。


「ジェイミー・アグリシエが罪人なのは確証が取れている。……アホ王子、あまりに追い詰められたからってそれは卑怯というものだよ。まあ、それが君にとっての精一杯の愛の表現なんだろうけどね」


「違っ、そんなわけじゃ」


「僕はグレーが許すというなら許す。被害者はグレーだから、彼女が決めることだ」


 ハドムンは押し黙ることしかできない。

 本当ならあいつの鼻っ柱をへし折ってやりたいと思いながら、咄嗟とはいえこんな愚行に走ったことを悔やんだ。


 でもいい。

 ジェイミーを守れるのだとしたら、どんな辱めだって受けてやる。

 だって彼女は何があってもハドムンの天使なのだから。

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