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第四十三話 冤罪の証明、意外な事実

「誰だお前は!」


 ハドムン王太子がまた吠えた。

 グレースを拘束していたはずの王国兵たちは一瞬で散り散りになってしまっている。そしてそれを成したのは、グレースの隣に立つ白髪の青年――セイドだった。


「君がグレーとの婚約を破棄したという愚者か。僕は戦士のセイドだ。グレーを貶めた罪、許さないよ」


「なっ。王太子にそのような口を利くとは何事だ! 父上、この侵入者の首を刎ねる許可を!」


 しかし王がそれに応える前に、さらに新たな参入者が現れた。

 それは貴族然とした佇まいの男。その名は、


「ハーピー公爵……」


「その通りです陛下。どうやら重要な裁判へ呼ばれなかったようですので、勝手ながらやって参りました。私なしでは話もまとまらないでしょう?」


 ハーピー公爵の挑発的な物言いに、この場にさらなる緊張感が走った。

 公爵を連れて来たのは、無論のことセイドである。グレースは別れ際、彼に頼んで公爵と共にここまで来るよう、お願いしていたのだ。


「セイド様、ありがとうございます」


「安心するのはまだ早いよグレー。このデタラメな断罪劇に片をつけるまでは」


 二人はそう囁き合うと、しばらく状況を見守ることにした。

 グレースはセイドが来てくれただけで、どんどん勇気が湧いて来るのがわかる。「単純ですね」と自分に苦笑しつつ、彼女はにっこりと微笑んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そなたは招いておらぬ。直ちに領地へ戻られよ」


「いいえ陛下、それはなりません。この娘があなた方のおっしゃる『大罪人』ではないことを、証明しなければならないのですからな」


 国王の拒絶に、しかし少しも屈しない公爵。

 彼が「入って来い」と指示すると、広間に三人の人物が呼びつけられた。皆、公爵家の護衛のようだ。


「貴族界から追放された後、彼女はオーネッタ男爵領へ向かい、冒険者として働いておりました。その中で隣の領地の主である私が彼女を見かける機会があり、気になったので護衛に見張らせていたのです」


 公爵の言葉は正しいが、ほんの少し事情は違う。

 実際はグレースの方から何かあった際のため見張りを頼んでいたのだ。しかし公爵の口ぶりでは常に監視されていたらしい。「つまり一人での時の醜態が見られていた……!?」とハッとなったが、今更遅い話であるし今はどうでもいい。


「ですが、彼女は主に男爵領で活動をし、遠方に出向く際も王都へ向かったことは一度もありません。なのに一体どうして、王弟殿下を攫うことができるのでしょうね?」


 王はもちろん、この場の多くの者が押し黙った。

 ジェイミーが目を見開きわずかに震えているのがわかる。まさか彼女とて、グレースに常に監視がついていたとは思わなかったのだろう。


「……国王陛下。これでわかりましたでしょう? ワタクシは王弟殿下を殺害などいたしておりません。つまりこれは」


 冤罪、と言おうとし、しかしハーピー公爵に遮られた。


「残念ながら、それも違う」


 ――?

 グレースは思い切り首を傾げた。

 おかしい、これでは話が違いすぎる。セイドの方を見たが、彼も驚いた顔をしていた。

 では、どうして?


「実は……、非常に言いづらいことだが、王弟殿下を殺害したのはグレース、君なのだ」


 そうしてハーピー公爵は事情を話し始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 まあ、長々とした説明はあえて省くとしよう。

 大事なのは、事実、グレースが王弟を殺していたということである。


 セイドと二人で過ごした休日、デートの帰り道に出会ったあの暗殺者の男。

 彼の正体がなんと、離宮をこっそり抜け出した王弟なのだという。


「証拠はたくさんある」と言って、どこから持って来たのやら、公爵が指輪を持ち出した。


「国王陛下、これは王弟殿下の持ち物で間違いありませんね?」


「……うむ」


「オーネッタ男爵領の、今は更地になった森の跡地で見つかった物です。近くには白骨死体があったと報告を受けております」


 断罪劇に参加していた皆が顔を蒼白にした。

 だが、意外な事実を受けて一番狼狽えたのは他でもないグレースだろう。


 あの時のあの男。確かに貴族だとは思ったが、まさか王弟だったなんて思いもせず、迂闊にも焼き殺してしまった。

 では自分は事実大罪人になってしまうのではないか? そう思い、グレースは震える。

 しかしセイドがこう言ったのだ。


「でも彼女は先に王弟に襲撃されている。氷魔法が使われた形跡があり、正当防衛だという証拠もたくさん発見されたんだ。――だからグレーは、グレースは、裁かれるべき人間じゃない。僕の名において、そう宣言しよう」


 ……全員が静まり返った。

 しかしその沈黙を破ったのは、甲高い少女の声で。


「そんなの聞いてませんわ! 誰よあんた、何よ何よ何よっ! 何勝手なことしてくれてますのよ、このクソ女は最悪な大罪人なのよっ!? わたしを暇さえあれば馬鹿にして、嗤って! 冤罪なんて……わたしが悪いみたいじゃないの」


 口調は入り乱れ、淑女の皮が剥がれてしまっている。

 声を上げたのはもちろんジェイミーだった。全ての計画を崩された形になった彼女は、強く歯を食いしばってグレースを睨みつけた。


「お義姉様、あんたが仕組んだのね!? こうなるってわかってたから平気な顔をしてたんでしょ!? ずるいっ。ここはわたしの舞台なのに。これが終わったらわたしは幸せに、ハドムンと幸せに! なんであんたがそんな男とベタベタしてこっちを見てるわけ!? 大体その男何様のつもりなのっ。わたしは侯爵令嬢よ。わたしはハドムンの婚約者なのよ……。ずるい、ずるいですわ。最初からこのつもりで」


 ネイビーブルーの髪を振り乱し、彼女はがっくりと項垂れた。

 もう諦めてしまったのだろうか。確かに、今から何をどう取り繕ってもグレースに冤罪を着せたことは明らかで、彼女に後はないだろう。


 最初こそ、グレースにとってこの状況は望ましいと思っていた。

 これで見事に復讐が果たせたわけだ。しかし、今のグレースはこれでは満足できない。ジェイミーを不幸にしたところで何の意味もないからだ。


 グレースは今、幸せに生きたいだけだ。

 だから、別にこちらの邪魔をしなければ彼女にだって幸せになってもらっても構わないのである。それに、一応は父親違いの妹だ。少しの温情を与えてやっても悪くないと思った。


「ジェイミー・アグリシエ。ワタクシは今、あなたに対し激怒しています。ですがワタクシの力によってあなたの身を焼いたとして何の解決にもならないでしょうし、仕方がなかったとはいえワタクシも王弟殿下を殺してしまった罪があります。それと比べればあなたの罪はまだ軽いと言えるでしょう。……ですからこの場の多くの者を騙し、嘘を重ねたことを心より謝罪なさい。ワタクシが求めるのはただそれだけです」


 これがあまりにも甘すぎる仕打ちだとはわかっているけれど、彼女のおかげで嬉しい出来事にたくさん出会えたから。

 せめてもの恩返しと心の中で言い訳しながら、グレースは義妹へと笑顔を向けたのだった。



 国王が瞑目し、この場の者の多くがざわついたのは言うまでもないことである。

 

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