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第四十話 逃げるか戦うか

「ワタクシ、かつては復讐をしようと思っておりました。

 冒険者になったのもそのためでしたし、助けていただいたあなたと仲間になったのも……その方が早く有名になり、力を得られると思ったからです。実際ハーピー公爵とは関わりを持てましたし、この辺りの人々の好感を得ることもできました。

 しかし、ワタクシは今、復讐をしようなどとはもう思っておりません。ワタクシ、今の生活で幸せなのです。自由に生きられることの素晴らしさを知り、もはや国を統べる側に戻ろうなどとは思わなくなったのです」


 グレースの告白に、セイドが沈黙した。

 彼は一体どんなことを考えているのだろう。そんなことを思い不安になりながら、グレースはしかしもはや引き下がる道はない。

 場違いなことに胸がドキドキしていた。


「ですからワタクシは、ワタクシの平穏を乱す者があればできる限り排除しなければなりません。できればセイド様を危険な目に遭わせたくはなかったのですが、こうなった以上、選択していただくしかないようです。――逃げるか闘うか、選択を。ワタクシはセイド様のご判断に従わせていただきます」


「――――」


 セイドが息を呑むのがわかった。



 外から何やらやかましい声がする。

 どうやら王国兵が乗り込んで来て、メイドやオーネッタ男爵がそれを必死に阻止しているらしかった。しかし相手は王命を受けているはずであり、だから止めるすべはないのだろう。


 オーネッタ男爵家との繋がりを知られたに違いない。ということは、長くはここに留まれないだろうと思った。


「逃げるか戦うかって、どういうことなんだい」


「そのままです。この場から逃げ、行方をくらますのが一手。しかしその場合『必勝の牙』は解散となります。……そしてもう一方の手段は命懸けの賭けをするのです」


 白髪の青年の表情がこわばる。

 それはそうだ。突然王国兵がやって来たかと思えば、自分は追放された貴族令嬢だとグレースに明かされ、そしてわけのわからない選択を迫られているのだから。

 しかし今だけは彼の気持ちを考えている暇がなかった。敵はすぐそこまで追って来ている。


「委ねます。今、決めなければどちらの道も途絶えてしまう。どうぞ、どうぞお願いします」


 ワンピースの裾を握りしめ、勢いよく頭を下げる。

 これはグレースにとって一世一代のプロポーズと言えた。もちろん、空気感は少しも甘くないけれど。


 怒声と足音がすぐそこまで来ている。

 そんな中、彼は深く瞑目すると覚悟を決めたようで――。


「わかった。それなら、戦う。……君の作戦を教えてくれるかい?」


 グレースはその答えを聞き、顔を上げた。

 思わず笑みが漏れる。そんな場合じゃないことくらいわかっているのに、彼が自分を選んでくれたことが嬉しかったのだ。

 思わず声がうわずり、頬が赤くなった。


「はいっ。喜んで」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「確保!」


 全身を床に押し倒され、背中を踏まれる。

 ああ、なんという屈辱。でも構わない。これくらいが何だ。


「お前がグレースで相違ないな? 答えよ、グレース」


「……。はい、ワタクシこそがグレース・アグリシエだった者でございます。ワタクシは逃げも隠れもいたしません。どうぞ、王城まで連行なさい」


 足をガツン、と殴られた。

 しかしグレースは笑顔だった。彼が――セイドがいてくれると思えば、少しも不安はなかったから。


「手足を縛れ。この大罪人を連れていくぞ」

「男爵への尋問も忘れるな」

「グレース、覚悟しろ」


 ガヤガヤと兵士たちが叫ぶ。

 侯爵令嬢時代はペコペコと頭を下げていたくせに、待遇に差がありすぎですね。まあ、別にいいですけど。


 手足を縛られ猿轡をされ、グレースの体は軽々と持ち上げられて運ばれて行く。

 オーネッタ男爵たちに迷惑をかけてしまうのは申し訳ないが、全てが終わってからしっかり謝罪したら許してくれるだろうか。また無事に会えるといいが。



 ――それもこれも、全てが終わってからの話ですね。

 『必勝の牙』が負けるはずがありません。ワタクシはそう心から信じております。

 セイド様、絶対にお願いいたしますよ。そしてきっとまた、デート、一緒にしましょうね。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 セイドは全速力で駆けていた。

 彼女に頼まれたことをやり遂げるため、セイドは息が切れるのも構わず走る。


 向かうのはハーピー公爵家。何度か足を踏み入れたことのある、この国で最大と言っていい貴族の家だった。


「なんだかグレーと親しげにしているとは思っていたが、そういうことだったのか。侯爵令嬢と公爵家当主なら繋がりがあって当然だろうね。確かに彼女はどこか気品があると思っていたんだ。まさか、彼女があの時のあの子だったなんて」


 呟く言葉は誰にも届かず、彼の口の中で消える。

 思い出すのは栗毛に空色の瞳の美しい少女。絶世と言っても過言ではない美貌を見て、確かに一般人の平民とはどこか違うと思っていたのだ。

 でもまさか王太子の婚約者だったとは。――正しく言えば元婚約者だが。


「あのアホ王太子は彼女の魅力にどうして気づかなかったんだろうな。まあ僕には別に関係のない話なんだけどね」


 ともかく、一刻も早く彼女を助け出さねばならない。

 それが彼女との約束であり、セイドの決意であった。

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