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第三十九話 大罪人グレース

 グレースサイドに戻ります。

「ここらで栗毛に薄青の瞳の娘を見かけなかったか!」


 ある朝、ギルドへ何者かが押し寄せ、そんなことを叫んだ。

 恐る恐るそちらを振り向けば――そこには懐かしの王国兵の姿。

 グレースは全てを察し、嘆息した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 いつかやって来るとは思っていた。

 ハーピー公爵から「気をつけるように」とは言われていたし、警戒も欠かさなかった。しかしまさかギルドまで押しかけて来るとは。


 現在はセイドと今日の仕事を探していたところだった。

 まだ一人の時ならなんとかできただろうに……と間の悪さに舌打ちしたくなる。そしてとりあえずは脱出経路を探した。


「何のご用ですか。ご依頼なら受付まで」


 受付嬢が何やら言っている。

 王国兵は彼女の方へずかずか歩いていくと、周りの人間にも聞こえるように、


「この町に大罪人が入り込んだとの噂があった! 名はグレース、栗毛に薄青の瞳の少女だ。見かけたことのある者や心当たりのある者は直ちに答えよ!」


 ざわざわ、ざわざわ。

 ここの者たちはもちろん知っている。その条件に当てはまるのはただ一人、女魔道士グレーだ。

 しかしあまりにも突拍子のない話すぎて、誰もすぐに反応することができないようだ。


 セイドが囁いた。


「あの兵隊、何を言っているんだい。まさか君じゃあ」


「とにかく逃げますよセイド様。あの勝手口から飛び出すんです!」


「ちょっ」


 グレースには今、セイドに説明をする余裕がなかった。

 戸惑う彼の手を引き、酒場の裏出口まで急ぐ。そのまま他の冒険者たちを押し退け、外へ走り出した。


 背後から男たちの怒鳴り合うような声がする。

 その間にも早く逃げなくては、と、グレースは焦燥感に駆られた。


 ついに『その時』が来てしまったのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 以前のワードン伯爵夫人の件から、王家がこちらの身柄を狙っていることはわかっていた。

 だから驚きはしない。――大体の事情は読めた。


 どうやら、グレースは犯罪者に仕立て上げられたらしい。

 それも義妹を虐げたなどというのは比較対象にならないほどの大罪。王国兵らは明言していなかったが、おそらく伯爵夫人との件だろうか。


 とにかく今は逃げるしかない。

 ハーピー公爵邸まで辿り着ければいいが、公爵領は馬車でもしばらくかかるほどの遠さだ。そんなに簡単にいけるとは思えない。

 森に逃げ込むにもあそこは焼失してしまったし、海辺の屋敷ではすぐにわかってしまうだろう。


「グレー!」


 セイドが何やら言っている。

 グレースはそれでも駆け続けた。すぐ後から王国兵の足音が聞こえるような気がして、恐ろしい。


 おそらく、今の彼女は伯爵夫人殺害の容疑がかかっている。

 実際には殺していないが、しかしその罪で逮捕し、処刑しようという腹に違いない。これを仕組んだのは間違いなくジェイミーだろう。


 ハーピー公爵家が動く前にグレースを裁こうと思ったのか。

 グレースは王太子への不敬罪などいくつかの罪状がある。処刑するのはそんなに難しい話ではなかった。


「はぁ……はぁ……」


 大罪人グレース。

 そう呼ばれた以上、もはやあのギルドには帰れないだろう。そう思い、少し悲しくなる。

 セイドはどうなのだろうか。彼には嫌われたくない。できればこの一連の騒動も彼の知らないところで片付けてしまいたかったのに……。


 グレースは仕方なしにオーネッタ男爵邸へ向かい、助けを求めた。

 王国兵を絶対に中に入れないでほしい――そうお願いすると、男爵夫妻は驚きつつも頷いてくれる。あらかじめ親しくなっておいて良かった、とグレースは息を吐いた。

 ……あくまで少しの時間稼ぎでしかないのだけれど。



「グレー」


「……はい」


「何があったのか、説明してほしい。どうして君がそんなに急いでいるのか、あいつらは一体何なのか。僕が力になれることであれば、手伝わせてくれないかな」


 男爵邸の一角にて。

 セイドにそう頼み込まれたグレースは頭を悩ませていた。


 本当に言っていいのだろうか。

 グレースは彼と自由に生きたい、ただそれだけだ。過去を知られたくはなかった。かつては社交界の華だったグレースの名は今や大罪人にまで堕ちてしまっている。


「でも、こうなってしまった以上隠し通すのは難しいでしょうね。それにあの王国兵の数では、ワタクシ一人では抗えないでしょうし……。わかりました。では、今から大事なお話をいたします。心して、聞いてくださいませ」


 グレースは、わずかに震える声で言った。


「ワタクシの本当の名はグレーではございません。元々この国の侯爵令嬢であり、今はただの平民になってしまった情けない女……かつてグレース・アグリシエと呼ばれた娘なのでございます」


 セイドのルビー色の瞳を見つめる。

 不可解という風に首を傾げた彼は、グレースをじっと見返した。まるで心の奥まで見透かされているようで顔が赤くなりそうになるグレースに対し、彼はポツリと一言。


「もしかして……、あの王太子の?」


「――っ」


「そうか、あの時の。君はグレースというんだね。グレース・アグリシエ……」


 彼の口ぶりにグレースは引っ掛かりを覚えた。

 しかしそれが一体何なのか考える前に、セイドに問いかけられてしまった。


「どうして君が大罪人なんて呼ばれてるんだい? 君は稀代の才女と有名だったと聞いているんだけど」


「……それは」


 この際だ、全てぶちまけてしまおう。

 そう決めて、グレースは今までの経緯の全てを語り始めたのだった。

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