第三十六話 ジェイミーの苛立ち
これから三話はジェイミーサイドとなります。
「あーもーなんでこんなことになってんのよ! サイテーなんだけど!!!」
ジェイミー・アグリシエはその日、ギシギシと音を立てながら激しく歯噛みしていた。
彼女は鼻息荒く庭園中を歩き回り、キィキィ叫んでいる。使用人たちの注目の的になっているが、彼女自身は全く気にしていないようだった。
「何よ何よ何よ何よっ。あのクソ女、またわたしの邪魔してくれるわけ!? どこまで図々しいのよあの女! 死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!」
仮にも侯爵令嬢がこんな口を利くべきではない。しかし彼女は元々、貧しい村で盗みを働きながら生きてきたような娘なので、いつも一人になるとこんなザマなのだ。
でも今日は特に酷かった。
「せっかく幸せになれるのに! これで食うに困らずやっていけるのに! やだやだやだやだぁ! あの女、絶対殺してやる!」
ネイビーブルーの髪を無茶苦茶に振り乱し、頭をかきむしる。
どうしてこんなにもジェイミーが苛立ちを露わにしているかと言えば、それは、ジェイミーの婚約者になったハドムン王太子が廃太子になるかも知れないという話を聞かされたからだった。
理由は、王太子が無能である上、優秀だったグレース――ジェイミーの義姉を切り捨てたということにあった。
新しく婚約者になったジェイミーだが、正直覚えることが多すぎて王妃教育に追いついて行けていない。
なので能力的に不足しているハドムンを支えることができず、彼の愚図っぷりが公になってしまい、ハーピー公爵家とやらに謀反の動きが出たらしいのだ。
公爵家と争うのを嫌った王家は、そのためハドムンとジェイミーを追い出そうとしている。ジェイミーにはそれがひどく気に入らなかった。
「あの女、いっつもずるいのよ! きっと今だってわたしのことを嘲り笑ってるんだわ! きっとそうよ、わたしが田舎娘だからって馬鹿にして……! おまけに公爵を味方につけてわたしに復讐しようとしてるんだわ!」
侯爵の後妻の娘であるジェイミー。
それに比べ、義姉――正しく言えば義母姉――のグレースは正真正銘の侯爵令嬢だ。
両親に可愛がられるジェイミーを彼女は許せないのだ。こちらが今までどんな思いをして泥水啜って生きてきたか、彼女には想像もできないだろうに。
「だから貧民にしてやったのに……公爵に拾われたんだわきっと。それでそこでお姫様扱い……! ムキー! それでわたしだけまた不幸にしようとしてるのね! 許せないわ!!!」
ハドムンが廃太子になったら、侯爵家に彼が婿入りすることになるだろう。
しかしジェイミーは王妃になりたいのだ。王妃であればきっと今よりもっと幸せな人生が送れる。だからジェイミーは王妃になることを望んでいた。
それが侯爵家で一生を過ごすなんて……。そもそもジェイミーは父のことが嫌いだ。幼い頃、貧困で困り果てていたジェイミーと母に彼はちっとも手を差し伸べてくれなかった。だから父親のことは少しも信用していない。
「わたしは王妃になる。王妃にならなきゃ、せっかく苦しいお貴族様生活に耐えてきた意味がないじゃない……!」
第一、ハドムンなどそのための駒でしかないのだ。
彼と結ばれたところで、『廃太子の妻』という不名誉な呼び名をつけられるくらいなら別れたほうがいい。そりゃあハドムンは見目麗しい男だが、彼の前で猫をかぶり続けて生きるのだって楽じゃないだろう。
「お義姉様は、ずるいですわ……!」
彼女の前で言い慣れた言葉を、店に向かって叫んでみた。
どうしてグレースだけ、義姉だけ恵まれている。どうしてわたしは不遇なの。
「お義姉様は、ずるい。わたしより何でもできて! わたしより美しくて賢くて素晴らしくて! 神に愛されていて……。わたしはいつまで経っても田舎娘のままなのに」
どんなに綺麗なドレスを奪っても、どんなに義姉の顔を歪ませてやっても。
やはり足りない。いつまでも義姉は雲の上の人で、だから羨ましくて妬ましいのだ。
こんな感情が間違っていることくらいは理解している。
けれど耐えられない。母と大嫌いな父に愛されようとも、どうしてもグレースには敵わなくて。
「わたしは……わたしはお義姉様に勝ちたかった……!」
地面に崩れ落ち、ジェイミーは呟いた。
このまま自分はハドムンと結婚し、毒にも薬にもならない人生を送るのだろう。ずっとずっと義姉の影に嘲笑われながら――。
そう思うと涙が出てくる。それはふと急に止まらなくなって、気づいたら嗚咽を漏らしていた。
先ほど義姉を探し出して殺すよう、ワードン伯爵家へ命令しておいた。
義姉の生首を見れば少しは気が晴れるかも知れない。……でも本当に殺せるのだろうか? ハーピー公爵家という後ろ盾がいるのに?
貴族のことはよくわからない。でもあの女は、グレースはきっと死なないだろうと、ジェイミーにもわかっていたから。
「お義姉様、ずるいですわ……」
何度目かわからないその言葉を口にし、ただただ泣き続けていた。
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