第二十四話 復讐の意味はあるのか
ベッドに身を横たえてはみるものの、全然眠れる気配がない。
あれほど疲れ切っていたはずなのにどうしてか気持ちが高揚し、ソワソワとして仕方ないのだ。幾度も幾度も寝返りを打ったがとうとう寝付けなかった。
「はぁ……。しっかりしなさいグレース・アグリシエ。いいえ、今は女魔道士グレーですね。ともかく、本当の目的を思い出すのですグレース。ワタクシはあの方を支えた日々を無碍にされ、妹に虐げられ、侯爵家を追放された恨みがあるはずでしょう。ですから、相当の罰を与えなければならないはずです」
何度も自分の名を呼びながら、必死で己へ語りかける。
そうだ。恋などにうつつを抜かし、本来の目的を見失うとは何事か。あの男は単なる復讐のために必要な物でしかなく、それに情を抱いてはいけないはずだ。いざとなったら切り捨て、犠牲にする可能性だってある。なのにそれに目がハートになっていてどうするというのか。
なのにグレースの胸はこんなにも熱に震えていて、しっかりしなくてはという意思に反するかのように高鳴り続けている。
「ハドムン殿下に、ジェイミーに、両親に。神に変わり雷を振るうのがワタクシの役目であり、決意のはず。そうです。そうなのです。着々と準備は進んでいます。もうじきBランクに達することは間違いないことであり、公爵と男爵とのコネができたことも考えればSランクに上り詰めた時、この国をひっくり返すことなど容易いのですよ。最優先は復讐。そうでしょう?」
理性ではそうだとわかっている。
だが、好きなのだ。どうしようもなく大好きになってしまった。それこそ、復讐なんていうことはどうでもいいと思ってしまうくらいには。
「復讐をせず何をするというのです。何を……」
その時、はたと気づいた。
「復讐の意味は、あるのでしょうか?」
今まで考えもしなかったのだが、よくよく考えてみれば、復讐をしてグレースは一体何を成したいというのだろう?
例えば地位を取り戻し、女王に君臨するとして。それから何をやりたい? 貧民をどうにかする? 貴族に手を入れて改革を行う?
……否。それはするかも知れないが、それが目的ではない。
正直言ってしまえば別にグレースは何をしたいわけでもなかった。ただあの憎き義妹とアホな王太子に「ざまぁ見ろ」と言って嗤ってやりたいだけだ。そんなの、何の意味もないのではないか?
「違う違う違うっ」グレースはまた寝返りを打った。「ワタクシはあの男に騙されているだけです! もしかするとあの男はハドムン殿下の使いで、いいやむしろハドムン殿下自身で、ワタクシを惑わせようと思っているに違いありません! きっとそうです!」
喚きながら、しかし当然そんなことはあり得ないのはわかっている。
けれどこうでも言っていなければ頭がおかしくなりそうだった。あまりにも彼が愛しすぎて……。
本来の目的を捨ててしまいそうだったから。
捨ててしまえ、とどこかから声がする。
そもそも復讐など無意味で、醜い嫉妬心でしかないのだと。ジェイミーに地位を奪われたことへの嫉妬、ただそれだけのことなら捨ててしまえ。
一方でそれは嫌だと叫ぶ声もする。ここで彼を、セイドの方を選んでしまったら今までやって来たことの意味は何? 復讐への道筋が途絶えてしまえば、グレースの目指す先は何もない。
復讐心と恋心に板挟みにされ、彼女は呻いた。
ああ。今日、公爵には元アグリシエ侯爵令嬢であることを明かしたも同然なのだ。当然ながらこちらの意図は読み取れているはずであり、今更引き下がるわけには。
思わず、力いっぱい頭をガンガン壁に打ち付けたくなる。
もちろん、あまりに見苦しいのでそんなことはしないが、頭を抱えて唸り、「あぁ!」と感情のままに叫んでみた。
その声に応える者はいない。侍女なり何なり誰か話せる相手を雇っておくべきだったと思った。そうしたら少しは楽になれたかも知れないのに。でも平民にはそれが許されない。裕福な有名商家ならまだしも、グレースは無名な上に一人暮らし、しかも冒険者。雇えるはずがなかった。
荒れ狂う胸の中の苛立ちをぶつけるようにして何度か枕をベッドに投げつける。何度かそれを繰り返すと、少しばかり落ち着いた。
「――頭を打ち付けるより、何倍もはしたないではないですか!!!」
そのことに思い至ってしまい、グレースは最高に恥ずかしくなる。誰にも見られていなくて本当に良かった。これでは癇癪を起こした子供みたいではないか。
湧き上がる羞恥心を紛らわせなくては。そう思い、慌てて窓に駆け寄った。窓の外に見えるのは海、そして月。
月がこちらを見つめ、優しく微笑みかけてくれているように見える。
まるでそれは「思うままにしなさい」と言っているような気がして。
グレースは拳を握り締め、覚悟を決めた。
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