第二十三話 自覚
「そういえば君の家ってどこなんだい? もし良かったら送って行くけど」
セイドの言葉に、グレースはハッと息を呑んだ。
なんだか顔が赤くなるのを感じる。思わずしどろもどろになった。
「わ、ワタクシの家まで……ですかっ」
どうしよう。
一人で帰れる、と言いたいのだが、確かに足がふらふらしていた。
「もう遅いし、レディーが一人で帰るのは危ないだろう? 遠慮しなくていいよ」
なんだこの人は。
彼のルビーの瞳を見たが、彼に他意はなさそうだ。そこに獣のような野蛮な意志がないことに安堵しつつ、しかし余計に戸惑ってしまう。
好意なら素直に受け取るべきなのだろうか。しかしやはり、住居を知られることにはデメリットも。
なのに、
「お、お願いしますっ!」
いつの間にかそう答えてしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おかしい。先ほどからおかしすぎる。
異様なほどの激しい鼓動を繰り返す胸に、グレースは違和感を感じていた。
彼に優しくされると頭がクラクラする。
これは一体どういうこと? 何かの呪いにでもかけられたのではないかと思い、しかしあの魔犬に呪いの力はなかったはずだ。呪いというのは最上等の魔術師にしかできない仕業だから。
ではこの病状の正体は何なのだろう。
彼と一緒に海辺の屋敷へ向かいながら、他愛ない話をする。しかしグレースは上の空で彼の顔を見ていた。
ああ、綺麗……。
ふとそんなことを思った自分に驚いた。まあ、ワタクシ、なんてことを。
正直、彼は復讐のための駒でしかないはずだ。
なのにおかしい。これじゃ、まるで……。
「……レー、グレー。どうしたんだい」
「な、何でもありません!」
何度も自分の名前を呼ばれていることに気づいて、すっかり彼の話を聞き流してしまったグレースは、慌てて答えた。
はぁ、これはもう認めるしかない。本当は認めたく、ないのだけれど。
――ワタクシ、この方のことを好きになってしまったかも知れません。
彼とはほんの短い付き合いでしかない。
いくら命を助けられた相手とはいえ、彼の家も知らなければ過去も、身分さえも不明のままだ。
だというのにグレースはいつの間にかセイドにぞっこんになってしまっている。彼の凛とした佇まいや優しい口調、白雪のような御髪やルビー色に輝く瞳……どれもこれも美しすぎる。
惚れた。これは見事なまでに惚れてしまった。
昔、亡くなった母が言っていたのを思い出す。『恋は稲妻なのよ。突然にやって来るの』、と。
本当にその通りだ。そう思いながら、グレースはどうしたらいいのかわからなくなる。
長年連れ添ったはずの元婚約者、ハドムン王太子には一度も抱いたことがない感情だった。
「せ、セイド様。きょきょきょ距離が近いです……!」
肩と肩が触れ合いそうな距離で歩くセイドに、思わずそう声をかけてしまう。
セイドは「失礼」と言ってすぐに離れてくれた。ああ、余計なことを言ったとグレースは今更に後悔する。
彼の近くにいたいと思うこの気持ちは、とても不思議で扱いづらく、奇妙なものだった。
自覚してしまった恋心をどうすればいいのだろう。こんなにあたふたしてしまっていては当然ながらセイドに心配されてしまうのに。
今日の彼がかっこ良すぎたのだ。街の人々を守ろうとして剣を振るう白髪の戦士にグレースは落ちてしまった。
いっそのこと「好きです」と伝えてしまおうか。しかし、それでもし変な顔をされてしまったら? 『必勝の牙』解散になったら? 絶対に言えるはずがない。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか砂浜に建つ屋敷に着いてしまっていた。
昼間見た公爵邸よりずっとこじんまりとした別荘であり、ここがグレースの我が家だ。
「こ、ここです」
「へえ。立派な屋敷に住んでいるんだね」
「ええ。まあ。元々はオーネッタ男爵家の所有だったのを買い取りまして……」
「買い取ったのかい!?」と大袈裟に驚かれてしまう。まあ、普通の平民なら別荘を買うほどの大金は所持していないのが普通だろう。
うっかりしたと思ったが今更だった。代わりに誤魔化しを言ってみる。
「海が見えるこの屋敷は素晴らしいでしょう? 夜にはほら、海に月が揺れて」
ちょうど夜空に浮かぶ満月が海面に映り込み、ロマンチックな情景を演出していた。
「――月が綺麗だね」
「え、ええ、とっても素敵ですね」
そのままグレースはセイドに別れを告げ、逃げ帰るようにして屋敷の中へ飛び込んだ。
月に照らされたあなたの方がよほど美しいですよ、だなんて恥ずかしすぎて言えないままに。
その様子を静かなる月が見下ろしていた。
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