第二十一話 魔犬騒動
ハーピー公爵領に着くなり、グレースたちは思わず息を呑んだ。
そこには一面、黒いものがいたのだ。よくよく見てみればそれは、黒い犬の群れだった。
「……ここからは馬車を降りて進むしかなさそうですね」
「うん、そのようだ」
馬車を安全なところに停めておき、御者にその番を頼むとグレースたちは馬車を降りる。
そしてこちらに迫ろうとする魔犬どもに容赦なく攻撃を放った。
「『赤き炎よ、悪しき魔物の体を焼き焦がせ』!」
瞬間、辺り一面に紅色の業火が広がる。
「ギャオン」「ギャアア」と次々と悲鳴の上がる中、セイドが炎から逃げ惑う魔物たちを剣で切り裂く。そして炎が消えた頃には、三十匹ほどいた魔犬は一匹残らず死んでいた。
「セイド様、すごいです」
「君の方がずっとすごいと思うけど。……それにしてもこの数は尋常じゃないな。最近魔物が多くなっていると聞くが、一体何があるんだ」
確かに、冒険者や街の人々も言っていた。「近頃魔物が異様に多い」と。
もしかしたら何かあるのかも知れない。だが今は、
「とにかく片っ端から退治していきましょう。そしていち早く男爵家のご夫人と坊やを見つけるんです! 彼らはおそらく、公爵邸付近にいるはずです!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ギャアアアアアアア」
「ウギャオオオ――!」
人間を見るなり、目の色を変えて襲い掛かってくる黒い犬。
魔犬というのは俗称で、正確に言えば人喰い犬である。彼らは肉、それも人間を好んで食し、人間を見たら何がなんでも喰らわんとする猛獣たちなのだ。
けれどグレースたちは彼らに取り囲まれようが突進されようが平気で、彼らを焼き払い、または首を刎ねていった。
そうして進むうち、襲われていた人々を助け、たいへんな感謝を受ける。
まるでおとぎ話の中の英雄みたいだ、とグレースは思った。
と、その時。
「たすけて、たすけてっ」
「いやぁぁぁぁっ!」
たった今襲われているのであろう。今にも死んでしまいそうな甲高い悲鳴が上がった。
しかしその声はどこかで聞き覚えがある。グレースはすぐにそれが誰のものであるか思い出すと、言った。
「セイド様、オーネッタ男爵令息です! 今すぐ!」
そうして駆けつけてみれば、そこには男の子――オーネッタ男爵令息と、彼を抱いて逃げ惑うオーネッタ男爵夫人の姿があった。
しかし彼らはすでに魔物に追い詰められて絶対絶命である。だが、
「『火に炙られ燃え、灰となれ』!」
赤、黄、青の三種の炎が途端に湧き上がり、魔物たちを一斉に焼き殺していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「助けていただき本当にありがとうございました。オーネッタ男爵家の名において、心から感謝申し上げますわ」
「ありがとー、グレー」
男爵夫人と息子を助けると、親子から涙ながらに感謝されてしまった。
そして、「お礼は後できちんと」と言って男爵領へと帰って行った。彼女らを助けられた上に褒美までもらえるなんていいことづくめだと思って笑顔になってしまうグレースなのだった。
魔物は公爵領中に沸いていたが、それもなんとか退治することができた。
街の人口以上に発生していたのではないかと思うほど多かったが、これで全滅させられたはずだ。
至るところに灰が残ってしまっているが、それは街の人々に掃除を頼むということで。
「ようやく害獣駆除が終わりましたね。セイド様、お疲れ様でした」
「本当に君はすごいね。Cランクとは思えない」
「ワタクシをランクで測られては困ります。ワタクシはそんな基準で測れる女ではないのです」
褒められて嬉しく、なんだかわけのわからないことを言ってしまう。
頬が熱くなるのを感じた。
「さ、さて。次は公爵邸へ向かいましょう。そちらでもお話ししなければならないことがありますので。……街を救ったんですから、少しくらい贅沢を言ってもいいですよね?」
ということでやって来ました公爵邸。
それはグレースがかつて住んでいたアグリシエ侯爵の屋敷よりさらに広々としていて豪華だ。グレースが今居住場所としているあの別荘や男爵邸とは比べ物にならないほどだった。
さすが、王国最大の公爵家である。
事情を話すと門番はすぐに中へ入れてくれた。
そして公爵と面談させてもらえることになったのである。
「初めまして、ハーピー公爵様。ワタクシは女魔道士のグレーと申します」
「僕は戦士のセイドだ。よろしく」
セイドの不遜な態度が少々気になりはしたが……公爵はそれでも気にせず、微笑みかけてきた。
「我が領地を救ったこと、大義であった。本来なら我々がしなければならない仕事だというのに」
「いえ、ワタクシたちはオーネッタ男爵様に依頼されたから、というまでです。それ以上にも以下にも理由はございません」
「――そうか。しかし、褒美は必要だろう。何か望む物を言ってみよ」
そう言われ、グレースはにっこりと微笑んだ。「では、公爵様と握手を交わす栄誉を」
本当なら事情を詳しく話し、復讐へ大きく一歩を踏み出すはずだったが、今は隣にセイドがいるのでやめにする。
とりあえずは友好関係を築いてからだ。その方が何かとうまくいくかも知れない。
公爵は素直に頷いて、握手をしてくれた。
……これで地盤固めはきちんとできたに違いない。名前もしっかり覚えてもらえたようだし、グレースとしては満足だった。
「ではさようならハーピー公爵様。またお会いできることを心より願っております」
「ではな、アグ……グレー嬢」
別れ際、彼が放った言葉にドキリとした。
どうやら公爵にはもう、全てがバレてしまっていたらしい。女魔道士グレースの正体がアグリシエ侯爵令嬢だった少女であるということも――。
しかしそれ以上追及されることはなかった。
こうして、グレースとセイドは無事に魔獣騒動を収め、人々から盛大に頭を下げられながら、再び馬車に乗って男爵邸へ向かうことになった。
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