第二十話 次なるクエスト
「近隣の街に黒い犬の化物が大量発生したらしい」
その朝、ギルドはその話題で持ち切りだった。
朝から酒を呑む男たちがやんややんやと騒いでいるので、何事かと思って耳を澄ませればそんな会話が聞こえて来たのだ。
なんだかとても物騒な話だ。
グレースはそっとCランクの掲示板を見るが、そこには何も貼っていなかった。サッと他ランクの掲示板も見回すが、どうやらまだ噂話に留まっているらしく、実際に依頼はないようだ。
「これなら、わざわざ出向く必要もないでしょう。セイド様、今日は何を……」
いたしましょう、と続けるはずだった言葉は、しかし途中で遮られる。
何故なら突然、ギルドに飛び込んで来た者の姿があったからだ。
「依頼が、依頼がある!」
その人物はどこかで見たことがあった。
ああそうでした、とグレースは思い出す。彼はここの領主であるオーネッタ男爵だったのである。
彼はとても急いだ様子で受付嬢のところへ走り寄ると、言った。
「ハーピー公爵領で魔物が出現した。それを直ちに退治してほしい。そこには今ちょうど私の息子がいるんだ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
噂されていた近隣の街というのは、ハーピー公爵領だった。
そしてそこで今日、小規模な夜会が開かれる予定で、そこに男爵夫人と男爵令息が出席したのだという。
つまり彼らが被害を受けている可能性がある……そういうことである。
男爵の言葉に酒場は騒然となった。
無論のこと男爵とて護衛はつけているはずだし、ハーピー公爵領にもそれなりの戦力はあるに違いない。グレースもハーピー公爵とは社交界で会ったことがあったが、彼は上級貴族であり決してそういうことを怠る人間ではない。
だが――。
「それでも押し負けている、ということですね。セイド様、予定変更です」
「もしかして公爵領に行く気じゃないだろうね?」
「そのもしかしてです。今からワタクシども二人で公爵領へ向かい、魔物退治をいたしましょう。このような事態、見逃しておくわけにはいきません」
オーネッタ男爵とハーピー公爵に一気に貸しができる。
それを考えれば行かない選択肢がなかった。特に公爵家との繋がりがあれば、グレースの目的に一気に近づくのだ。
セイドにそれを付き合わせるのは悪い気がしたが、しかしだからと言って手を引くつもりは一切なかった。
反論されるかと思ったが、セイドは静かに頷いた。「君がそう言うなら僕も行こう」
それを聞いてグレースは思わず笑顔になる。
そして騒ぐ人々を掻き分け男爵の前まで行くと、声を張り上げた。
「――では、オーネッタ男爵様。その依頼、ワタクシたち『必勝の牙』がお受けいたします。どうぞお任せくださいませ」
そうして、グレースたちの次なるクエストは魔犬退治に決まったのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初は当然のことながら驚かれた。
そもそもグレースたちはCランクのパーティー。Aランクであるセイドがいるとはいえ、決して強いとは言えない。
だが男爵は急いでいた。だから、しばらくの問答の後に簡単に受け入れてもらうことができた。
それからオーネッタ男爵に簡単な馬車を用意してもらい、現場に向かうことになった。
「久々の馬車……。造りはあまり高級なものではありませんが、馬にまたがるよりは何倍もいいですね」
「グレーは馬車に乗ったことがあるのかい?」
「え、ええ、まあ……」
うっかり独り言を聞かれてしまい、セイドに少々怪しまれる。
しまった。しかしそれ以上追及されることはなかったので、一応よしとする。
オーネッタ男爵は屋敷で吉報を待っているとのことだ。成功させれば相当の報酬を与えると言われた。
これは絶対に失敗できないなとグレースは思う。
まもなく馬車は隣のハーピー公爵領へと出発したのだった。
ハーピー公爵と言えば、王国南部を牛耳る重要な貴族家。
王都は王国北部に位置しているので、王家の力はあまり南まで届かないのだ。
本当なら王太子と結婚するのはハーピー公爵家の方が好都合だが、生憎今は公爵家に令嬢はいない。ので、アグリシエ侯爵家に政略結婚を求めたというわけだった。
今は王家との繋がりが薄い。その隙を狙い、復讐の駒として使う手はなかなかに良いような気がした。
公爵家に本当の事情を話し、協力を取り付けられれば王家を転覆させることくらい簡単に違いない。
「とにかくクエストを成功させる必要があるでしょう。セイド様、一緒に頑張りましょう」
「そうだね。グレーがやると言い出したことは大抵失敗しないから、うまくいくと信じてるよ」
そこまで言われてしまうと、なんだか照れ臭い。
グレースも彼さえいれば安心だった。魔物ごときに負ける可能性なんて少しも考えていない。
自分たちの間に確実に信頼関係が結ばれ始めているのは確かだった。これがいいことなのか悪いことなのかはわからないが。
そうこうしている間にも、馬車は風を切って目的地へと突き進んで行くのだった。
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