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第十五話 白髪の戦士

 グレースと紫紺の巨竜の間に立つのは、白髪の青年だった。

 黒を基調とした紳士服に、腰の剣はなんだかとても似合っていない。しかしその剣は現在彼の手に握られており、まっすぐドラゴンへ向けられている。


 ――何ですか、あなたは?


 そう問おうとし、しかし声が出ない。すっかり腰が抜けてしまっているし情けないことこの上ないとグレースは思った。

 彼女が何もできない間に、肩口を剣で切り裂かれたドラゴンが咆哮を上げる。そして青年へと毒の霧を吹きかけた。

 しかし、


「それくらいの攻撃で通ずると思わないでくれないかな?」


 最も容易く毒霧を剣で打ち払われ、青年はまるで動じなかった。

 そしてその代わりにドラゴンに鋭い剣先が打ち込まれる。再び血が噴き出し、片腕がもげた。


「ウギャアアアアアアッ――!!!」


 怪鳥のような雄叫びを上げ、ドラゴンが尾を振り回してのたうち回る。

 なのに青年は眉一つ動かさなかった。


 彼は一体、何者なのだろう?


 次はドラゴンは菫色の翼を広げ、飛び立とうとした。

 が、それすらも青年は許さない。彼は人間離れしたジャンプ力で空を飛ぶドラゴンの高さまで行き、そして――。


「これで、どうだい?」


 一切声を荒げることなく、まるで女性を愛でる時のような静かさで問いかけながら、巨竜の首を断った。

 今度は悲鳴すら上がらずに紫紺のドラゴンが地面へ落ちる。青年の完全なる勝利だった。


「――――」


 その戦いに要した時間は、ほんの短い時間だった。

 青年のあまりの強さにグレースは驚愕する。あの恐ろしいドラゴンを一瞬で殺してしまうなんて、まるで化け物だ。

 傷一つ負っていないし、紳士服も少したりとも汚れていない。何事もなかったかのように地面に降り立つと彼は腰に剣を戻した。


 そしてくるりとグレースの方を振り返る。彼のルビーの瞳と目が合った。


「大丈夫だったかい、お嬢さん?」


 グレースはやはり声が出ず、ガクガクと首を縦に振ることしかできなかったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「傷がなくて何よりだ。ところで、お嬢さんは誰だい?」


「え、あ。えと。わ、ワタクシはグレース……ではなく、グレーと申します。助けていただきありがとうございました」


 随分取り乱しながら、やっとのことでそう答える。

 どうしてここまで平静さを失ってしまっているのか。落ち着かなくては。


「グレー、可愛い名前じゃないか。……それで君はどうしてここに?」


「や、薬草採取です。実はワタクシ、冒険者なのです。ですから酒場の掲示板にあった依頼の一つをこなそうと思いここまでやって来たのですが……、そこで先ほどのドラゴンと遭遇してしまい」


「そうか。あれはBランク以上の魔物だったからね。見たところ君はCかDランクの魔道士かな?」


「ええ、はい。その通りです」


 青年は、まるでグレースの心の中を見透かしているように思えた。

 何だろう、彼は。再びそう思いながらグレースは青年を見つめた。


「ああ、そうだそうだ。僕についての説明がまだだったね。僕はセイド。よろしく」


 青年――セイドは、たくましい掌を差し出してくる。どうやら握手を求めているようだった。

 グレースはその手を取るため立ち上がろうとして、しかし体が動かないことを思い出す。まるで鎖で縛られているようだった。


「……すみません、毒でやられたようです」


「それは大変だ。気づかなくてすまない。僕が森の外まで連れて行ってあげようか?」


 なんて親切なのだろう、この青年は。

 彼はグレースの命を助けた上、森の外まで連れ出してくれるというのだ。グレースは遠慮なくセイドの気遣いを受け入れることにした。


「では、よろしくお願いいたします」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 彼に抱かれ、グレースはギルドへと帰って来た。

 なんと、セイドもグレースと同じで冒険者だったのだ。それもかなりランクの高い、 Aランクの冒険者だという。彼の職業は『戦士』だった。


「僕もここらで活動していてね。魔物退治専門なんだ、君と会えて嬉しいよグレー」


「本当に感謝し切れない気持ちです、セイド様」


 平民である彼に敬称をつけるのは少しおかしな気もしたが、彼はとても紳士的だったのでそうした。

 もしかすると元々はどこかの領地の貴族令息なのではないか、なんて思ったが、セイドという名前は聞いたことがない。グレースは貴族の子息子女の名前を全員分覚えていたので、やはり平民だろう。

 いい人に出会った、グレースは心からそう思った。もしもあそこで現れたのが他の冒険者のような飲んだくれであったりしたら嫌だったからだ。


 実際、他の冒険者はタチの悪い人間ばかりなのだ。

 暇さえあれば喧嘩をし、平民から金を取り立てる。だからあんなに嫌われていたのだろう。。

 しかし中には品行方正な人間も当然いるのである。例えば、彼のように。


「セイド様、何かお礼をしなくてはなりません。ワタクシにできることであれば何なりと」


 ギルドに戻り、簡単な治療を受けた後。

 すっかり毒から回復したグレースは、彼女を待ってくれていたセイドにそう言った。


「君は薬草採取ができたのかい?」


「い、いいえ……」少しだけ口ごもる。「その、薬草が一体どういうものかわからず」


「そうか。つまり報酬はもらえないわけか……」


 彼はあのドラゴン――毒竜を倒したことにより、たくさんの報酬を得ていた。あれはあの森に住まう魔物で、最近になって暴れることが多くなっていたのだとか。

 それはともかく、


「なら、僕に一つ提案がある」


「何でしょう?」


「実は――」


 そうして告げられたセイドの言葉に、グレースは息を呑んだ。

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