第十二話 とりあえずは一人で
「通常、冒険者は主にパーティーというグループを組み、三または四人で活動します。現在、グレー様はお一人ですが、このギルドの中で新しい仲間を探すのがよろしいかと。どうされますか?」
受付嬢に問われ、グレースはしばし頭を悩ませた。
確かに今はグレース一人。女だけでは色々と困ることがあるだろうし、仲間がいることはありがたい。
しかし彼女の目的を考えれば、何も知らない相手を引き入れるのはあまり好ましくないように思えた。
「とりあえずは一人で構いません。ワタクシ、人付き合いが苦手でして」
嘘だ。社交界などでは五十人以上の貴族に対応していたのだから。
でも受付嬢はそれで納得してくれたようだった。
「ではおひとりさまですね。では良い旅をお祈り申し上げております」
グレースはカーテシーをすると、そっと受付を離れる。
それから、カーテシーはまずかったなと猛反省した。今ので貴族出身とバレなければいいのだが……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仕事を始める前に、住居が必要である。
今までのように宿で眠るのも悪くはなかったが、しばらくこの町を拠点とする以上、家があった方が何かと便利には違いないからだ。
新居を探して町を歩く。
それは意外とすぐに見つかった。
白い砂浜に建つ、少し磯臭い建物。
しかしそれは庶民の家にしては大きく、侯爵邸よりは遥かに小さいが、屋敷と言ってもいいであろう大きさはあった。
人が住んでいる気配はなく、そこには何かの看板が吊るされていた。
「……この町の領主の別荘、ですか」
領主が誰なのかは知らないが、道理で立派な造りをしている。
見回してみると一面に青い海が見え、なかなかに景色がいい。グレースはここに決めた。
「とりあえず領主様と話をつけましょう。ある程度のお金を叩いてでもここはお譲りいただきたいですね」
金さえあれば何でも買える。
全然貴族の感覚が抜けていないグレースなのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「領主様にお会いしたく」
やって来たのは、この町では一番と言っていいくらいに大きな屋敷。
これが町の領主であるオーネッタ男爵の屋敷なのだとか。オーネッタ男爵というのはごく普通の男爵家で、領地は広くないが貧乏ではない程度。一般的な田舎貴族である。
グレースも名前だけは聞いたことがあったが、あまりにも身分が違いすぎたため、直接話したことはなかった。
そして通された男爵邸の応接室で、彼女は初めてオーネッタ男爵と相対することになる。
「やあ。君が新しくこの町にやって来た領民かね。私に直々に話があるとは一体何だ?」
「オーネッタ男爵、初めまして。ワタクシはグレーと申す者です。王都の方よりやって参りました」
頭を下げる。貴族であれば屈辱でしかないが、もはやグレースは平民なのだから。
そして早速本題に切り込んだ。
「ワタクシ、新居を探しておりまして。町を歩いていたところ海辺の素敵な屋敷を見つけたのです。そこがオーネッタ男爵家の別荘だと書いてあったものですから……。ワタクシ、どうしてもあそこが良いのです。恐縮ですがあの別荘をお譲りいただけませんでしょうか?」
「えっ」男爵は思わずと言った様子で声を上げた。「ならんよ。あそこは私の所有物だ」
「わかっております。ですから買い取らせていただきたく」
まさか小娘が大金を手にしているとは思わなかっただろう。
無理だ、とでも言うように彼は首を振った。
だがしかし、グレースはやると言ったらやる人間である。そう簡単に諦めはしなかった。
「では、これほどの代金でいかがでしょう」
袋にあった金貨を五枚取り出し、微笑む。
あれくらいの屋敷であれば簡単に買える程度の金だった。
グレースの全財産は現在金貨七枚分。その多くを使ってしまうことにはなるが、あの別荘がどうしても気に入ってしまったのだ。
その大金を見て、男爵が驚いたように目を見開いた。
「これは偽物じゃなかろうね?」
「ええ。ワタクシの名にかけて誓います」
「ほぅ。……いいだろう。どうせ現在は使用していないのだ、譲って差し上げよう」
「感謝いたします」
さすがは貴族最下級の男爵家。金の前では抵抗できないらしい。
これがもしも伯爵家などであれば、金貨五枚では到底足りなかったろう。ここの領主が男爵であったことに心から安堵する。
そうしてグレースは、割合容易く、新居を入手することができたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「月光を映す青き海。……ああ、素敵ですね」
窓の外を眺めながら、グレースはそっと呟く。
早速新居へ移り住み、暮らし始めることになった。家具は全て揃っていたし、窓から海が見える。いい住まいに巡り会えたようだ。
ここが、これからの冒険者生活を支える拠点となる。
そのうちは引っ越しするには違いないがそれまでの間を満喫しよう。
「まさに別荘ですね。ワタクシの目指す場所へ行き着くまでの」
そう言ってグレースはそっとベッドに身を横たえる。
宿のものより幾許かは寝心地がいい。早速眠りを誘った。
……明日はきっと大変になる。だから今はこのまま眠ってしまおう。
そう考えるや否や、彼女の意識は闇に落ちた。
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