衝撃の出会いですの
「お姉たま」
「その呼び方、やめて」
「なぜです?」
「変だから」
変ではありません。お姉たまはお姉たまであって、それ以外の何者でもないのです。何度言ってもご理解頂けないのですね。
その凛々しい立ち姿。私はひと目見た瞬間、恋に落ちたのですよ。
高校に進学して直後のこと。
まだ右も左も分からない私が、校内を彷徨っていたら、優しく声を掛けてくださったのがお姉たまです。
「どうしたの? 迷った?」
自分の教室の場所が分からなくなり探していたのです。各教室には札は下がっています。ですが、この学校、まるでダンジョン。増築に次ぐ増築で複雑怪奇な様相を呈していましたの。結果、私は校内を彷徨う幽霊の如く、漂っていたところでした。
そして途方に暮れていたら、なんと天使降臨、とか思ってしまいました。実際、その美しくキュートなミニボブヘアには、天使の輪が眩しく輝いていたのですから。
「この学校、在校生でも迷うからね」
その凛とした透き通るような声。長く整ったまつ毛は瞬きする度に、微風を起こしそうな。澄んだ瞳はまるでレインボーオブシディアンの如く。すっと通った鼻筋は少し先端が上向きで、とても上品さを感じさせるのです。
モーブピンクの唇はしっとりしていて、思わず吸い付きたくなるほどですし。ぶちゅーっとして、むはーっとするのですね。
ほんのり赤みを帯びた頬は滑らかで、頬ずりしたくなりますの。
「何組?」
問われて一瞬の間。ハートビートがざわめきましたが、辛うじて言葉を発せられました。
「あ、あの、一年C組……です」
「あー。ここじゃないんだよね。案内してあげるから着いてきなよ」
そう言って私が進んでいた方向とは逆に歩き出してます。
向きを変える際にふわっと広がる、ブルータータンチェックのスカート。キャメルカラーのブレザーにブルーストライプ柄のネクタイが、とても爽やかに見せますのね。
後ろをついて行くと話し掛けてきます。
「名前は? あたしは横内円華。二年生」
お名前を聞かせて頂きましたの。円華たま、でしたのね。
そして、私如きの名を、なんて思ったりしてドキドキ。
「させにこ、ですの」
「変わってるね」
「はい?」
「名前。させにこって苗字?」
お姉たま、少々違うのです。にんべんに左の佐、さんずいに頼るの瀬が苗字で、名前は虹の心ですの。と追加で申しておきました。
「あ、そうなんだ。虹ねえ。なんかきれいだよね」
ありがたいお言葉。萌えますの。
少し歩くと「ここだから」と言って指し示してくれます。
「まだホームルーム始まって無いからセーフだね」
「はい。ありがとうございます!」
「またなんかあったら、遠慮なく声掛けてくれればいいから」
と言いながらスマホを取り出し「連絡先の交換しておこうか」と。
鼻血が出そうです。血圧急上昇。心拍増大。顔に出て無いといいのですが。思わずふらふらしましたが、それでも辛うじて耐え抜いて、連絡先の交換を済ませました。
お姉たまには、深く頭を下げて教室へ入りましたの。
「じゃあ、またね」
私より身長が高く、少し上から優しく微笑み手を振って。ああ、もう堪りません。
こうして私の恋がスタートしたのです。
憧れ。いえ。恋です。
胸の高まりは治まらず、お姉たまのお傍に居ることこそが、幸せな学園生活。
お姉たまとは以降、部活動でご一緒し、登下校も共にしております。
今日もお昼を食堂でご一緒中ですの。
私を見つめる瞳が。ああ、倒れそうです。
「で、なんであんたは変態なの?」
「はい?」
「あたしは言っておくけど、ノーマルだからね」
お姉たま。ノーマルとアブノーマルの垣根は、今の時代にそぐわないのですよ。
線引きなんて不要なのです。お姉たまに憧れ、あわよくば、その唇を奪うのも今の時代だからこそ。古い価値観に支配されていては、これからの時代、苦労が多くなるのですよ。
と言いましたら。
「あのね、あんたが変態なのは仕方ないけど、ノーマルな性癖が多数派なの。あたしは多数派」
性的マイノリティを否定する気は無い。ただ、自分の立ち位置を明確にしただけだと。
お姉たま。嘆かわしい。
「恋愛は自由ですの」
「それはそうだけど、あたしは遠慮してる」
「お姉たま。頑なです」
「頑なじゃなくて、興味無いだけだから」
つれませんの。
こうしてお昼を共にして頂けるのに、なぜお姉たまは私を拒絶するのでしょう。この溢れ出んばかりの愛を受け止めて欲しいのです。
ほんの少し、いえ、少し、いえいえ、がっつり。
お姉たまを見つめると、見つめ返して来ますが、すぐに視線を逸らされます。
「あんたが可愛い男子だったらなあ」
「女子です」
「分かってる」
「女子同士も楽しいですの」
適当につるむ相手ならいい、とか言ってますね。適当では駄目なのです。心と心を通い合わせ肉体的にも繋がれないと。
私の目下の目標は、お姉たまを心身ともに頂くことです。心はもちろん、鷲掴み。体も隅々まで……はあ。想像しただけで鼻血が噴き出しそうです。
こうしてお姉たまとご一緒していると、時に邪魔が入るのですね。
「円華、すっかり懐かれてるね」
邪魔をするひとりは、お姉たまの同級生だそうで。
「引っぺがしたいんだけど」
「お姉たま。私は地獄の底までご一緒しますの」
「重症だね」
「祐奈。あんたが引き受けてくれてもいいんだよ」
要らないとか言ってますが、私も同様、お姉たま以外とは遠慮します。私にも選ぶ権利はあるのです。
あえて口にはしません。揉め事は避けるのが良いので。
だから、なぜお姉たまの隣に座るのですか!
「睨まれてる」
「大丈夫。実害は無いから」
「嫉妬?」
「されてもねえ」
私だけのお姉たま計画に、あなたは邪魔ですの。消え去って欲しいものです。ふたりだけのスイートな時間を過ごしたいのに、なぜか、お姉たまは人気があって。
やはり凛々しいお姿が惹き付けるのでしょう。さすがお姉たまです。
「体育祭だけど」
「もうそんな時期なんだね」
「お姉たま」
「なに?」
体育祭の競技は何に出るのか問いましたの。
「棒倒しとリレーとダンスかな」
「毎年盛り上がるよね」
「男子の目が無いからね。騒ぎ放題」
棒倒し。アレに見立てているのでしょうか? 男子の。いえいえ、ここは女子校ですから、男子など認知の埒外。
リレーは棒の受け渡し……。お姉たま、アレを握り締めての疾走でしょうか? いやです。私を抱き締めて欲しいのです。
ダンスは今どきなのですね。
そんな私はお姉たま応援団を結成したいのです。