新キャラ 妹
わらわらと生徒達が昇降口を出て各々の行く方に進んでいく。あるものたちは左、体育館やグラウンドの方。もう一方は正門の方に。
多くの一年生が前者に向かう中、俺と日音は後者だった。
まさかまさかの二人きりというやつだ。いやまあ、体験入部に目もくれず帰るような生徒が他にいないわけではないが、俺の隣を日音が歩いているというのが重要。
近くの男子連中とかはいていないような存在、視線は許しといてやるが近づいてきたら噛みついてやる一歩手前の段階なやつ。
つまりは体験入部を進めようとする不毛な輩は俺が蛇の目で睨んでやってるって訳。年上だろうが今は邪魔すんじゃねぇよ、先輩。
「…?胡川くん、どうしたの?」
「いや……何でもないよ」
「……そう。シキくん…秋倉くんは…」
日音が秋倉の呼び方を訂正しようとした。不服ではあるが俺はそれを止める。
「シキのままで良いよ。いつも呼んでるやつの方が楽じゃない?」
「うん。本当はシー君なんだけど、そう呼ぶと怒られちゃうし…何がいけないのかな」
結果、仲良しアピールの露呈に繋がったことには目を瞑る。今度秋倉に肘鉄入れておこう。日音は悪くない。「あ、そう…」と俺の気持ちが漏れてしまったことも目を瞑りたい。俺、苗字呼び…ふ。
ここは二人の話でも聞いて、攻略の糸口を見つけ出さねば。というか秋倉の弱点も知っておきたい。
「二人はいつからの付き合いなの?」
「私が小学生の低学年くらいの時、シキくんが転校してきて、たまたま仲良くなったの。それからはよく遊ぶようになってね」
「ふふ」と笑う日音は過去を思い出しているようで、写真に収めたいほどの可愛さがそこにあった。
「ぐ……じゃあ、あれかな!呼び方が幼いのってその時から定着してたからって感じか」
「あーそうかも。昔は全然怒ったりしなかったのに。…あ、思春期ってやつ?」
「ば!?あははは、そうだね。間違いない」
「なるほどー。そういうことか」
ようやく気づいた日音の言葉は秋倉のことを言い当てていた。「し(しゅん)きくん」なのだ、あいつは。やべ、これは上手くね?
「俺もシキくんって呼ぼうかな」
「…?胡川くんって人と仲良くなるの上手だね」
「ん?そんなことないと思うけど」
「上手だよ。現にほら」
頭に?を浮かべる俺の頭上から声が聞こえてきた。
「おーい。胡川くーん!加賀美さーん、やっほー!」
「あわわ、危ないよ妹尾さん!…胡川くん!?」
「恵美…押したら歩美が落ちるです」
「おおっと?」
「きゃぁあ!!」
おいおい、何やってんだあの3人組。…加藤さん以外、動じていないのも変なんだよなぁ。
「危ないから乗り出しすぎちゃダメだよー。加藤さんも押さずに引っ張り上げたげてー」
「ち、違うのにぃ!」
「おおお?あはははは」
「おもろ、です」
「二階堂さんも手伝ってよぉ!」
「仕方ないですね」
ようやく手すりから手だけがぶら下がる状態になった妹尾さんは手を振って尋ねてきた。
「胡川くん達は部活体験行かないのー?」
「今日のところは帰るよ。見学はまた今度」
「そっかー、じゃあまた明日ー!バイバーイ!」
「気をつけなよー」
振り返ると日音が「ほら」といった顔をしている。
「日音のことも言ってた気がするけどなぁ」
「…落ちないと良いけどね」
「二人が止めてくれるさ」
ようやく門に辿り着くと花壇近くに寄り添う他校の女子生徒が立っていた。新品感漂うセーラー服を着た少女は日音に気づくと駆け寄ってきた。
「お、遅かったね」
「待ってくれてたの?遠くなかった?」
「ううん。大丈夫。お爺ちゃんと来たから。…えっと」
少女が俺の方を見てソワソワしている。人見知り…とはまた違うか。服からして中学生に見える少女からしたら、年上の男性に緊張するのは至って普通だ。俺、割と身長あるし。
「紹介するわ。クラスメイトの胡川くん」
「あ、昨日の話の」
気になる一言を言った女の子を日音はスルーして俺に紹介する。
「この子は日月。可愛い私の妹なの」
「だろうね。二人とも結構似てたからそう思った。胡川です。よろしくね」
「は、はい。どうも」
手を差し出すと小さな手が俺の手をキュッと握ってくれる。壊れないか心配になり、あまり力が入らないように気を配った。
「お、お姉ちゃん。その…秋倉先輩は?」
「秋倉…先輩?どうしたの日月?」
「な、何?」
「急に呼び方変えてるじゃない。いつも「シー君は?」って聞いてくるのに変よ」
「や、やめてよ!これからはそう呼ぶことにしたの!」
「おかしい…急にみんなが変わっちゃって…変だよ胡川くん」
日音が倒れそうになり妹さんが声を上げる。俺は日音の肩を受け止める。
「お姉ちゃん!?」
「おっと。頽れるほどショックなのね。妹さんや、今だけはシー君呼びに戻したげて」
「え、ええ!?」
「お姉さんがきっと元に戻るよ」
「分かりました…。お姉ちゃん、シー君は?」
「反省文を書かされていて、指導室にいるわ」
「な、何があったの!?」
今度は妹さんがショックを受けていた。この姉妹やはり似ている。……というか。
「シー君、悪いことしちゃったの!?教えてよお姉ちゃん!!」
「や、やめて。吐くわよ」
首を振られてグロッキーな日音を見て妹さんが少し落ち着く。
「…ごめん。…どうしたの?」
じっと非難まじりの視線を送ってくる日音。あれー、結果的には二人で共謀した話なんじゃー?
そんなことは言えない。
「えっと、遅刻した奴らがいて、その責任をあいつが肩代わりしたみたいな…」
「酷い!!シー君が可哀想!」
ギロリと非難しかない視線を送ってくる日音さん。貴方も遅刻した一人でしょうが。
などと言えない。
どうしようかなと困っていると、ダダダ!!!という何か鈍い音が聞こえてくる。それはこちらに迫ってきており、その正体が分かった時には鳩尾に拳が飛んできていた。
「ガハッ」
「エビてめぇ、俺に罪をなすりつけやがったな。これはそのお返しだ。とくと味わえや」
「「シー君!!」」
「その呼び方やめ……日月ちゃん!?」
暴力主こと秋倉が妹さんの存在に気づき驚く。その隣で俺は膝をついた。ま、マジで重い一撃が入った…。
「は!!こいつになんかされたりしなかった?こいつ、見かけに騙されちゃいけないよ。エセ紳士だから」
「だ、だれが!…げほ」
「さっき会ったばかり…です。あの反省文書いてたって本当なんですか?」
「何教えてんだよこら」
「ちょ、これ以上暴力したら先生に言うぞ良いのか!?」
「小学生か、てめぇは!」
「本当なんだ…シー君…悪くなっちゃったんだ…」
「え!?」
ゆらゆらと揺れながら姉の胸の元に向かう妹さん。
「お姉ちゃん。おじちゃんのところに寄って帰ろう。報告しなきゃ」
「そうだね。私は良いよ」
「おい、まさか!?」
秋倉の顔が真っ青になる。悪いが展開がさっぱり読めない。解説できませんねぇこれは。で?
「悪いシー君はお家に帰ってくるまでに反省しておきなさい!!分かった?!」
「や、やめてくれ日月ちゃん!」
「知らない!」
「じゃあね、シキくん、胡川くん。また明日」
「あ、うん。また明日ー」
「待てよ、日音!!なんでだよぉ」
二人は颯爽と駆けていき止まっていた少し派手な色のクラシックカーに乗り込んだ。さっき言っていたお祖父さんだろう男性が軽い会釈をしてから発進した。
残された俺たちは二人とも立ち尽くしている。しかし、片方は絶望に顔を歪ませた状態だった。
「これからお前の身に何が起こるの?」
「鬼の説教。死ぬほど痛い拳骨が降り注いでくる」
「お大事に」
「…神は死んだ」
友が絶望しているのを見る。なぜか俺は清々した。
あの美人姉妹がこいつを見る目ってそう言うことだろ?まあ、妹さんは俺に関係したことではないが、やっぱり幼馴染って狡いと思いました。
それから10分間、長々と絶望していた秋倉が立ち上がるまで俺は隣でこれからどうするかを考え続けた。
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