分岐点 それぞれに続く始まり
部活動紹介を終えた一年生たちはバラバラに教室に帰る。
俺も秋倉も静かに教室を目指した。
普通なら、部活決めの相談を始めるものだろう。周りの生徒がそれぞれ楽しそうに話しているのを見るとなんだか羨ましくなってくる。
秋倉の様子を伺うと、まだ不機嫌だった。
生徒会長の挨拶の後から機嫌は治る気配がない。
それは周りの声が関係している。
さっきから聞こえてくる女子生徒たちのはしゃぎ声。
「生徒会長かっこよかったよね!」や「最後のウインクやばかった」などの声が秋倉に届くと、「ちっ!!」とより不機嫌になるのようになってしまい手がつけられない。
ブスッとした顔で正面をただ睨みつけ、昔の不良漫画の如く低姿勢でポケットに手を入れ大股歩き。
まるで犬みたいに「ガルルルル…」と唸り声を上げる奴に誰が声をかけられるという。関わりたくない。嘘、めっちゃ弄りたい。でも弄ったら絶対吠えるのが分かって躊躇われる。
しかしその不機嫌犬に声をかける猛者が一人。いや、飼い主だった。日音が俺たちの間から顔を出す。
「シキくん。猫背は姿勢悪くなるよ」
「…日音。……ひ!?」
「いたっ」
「あ、すいません!」
秋倉は日音の存在を確認した上で驚く。その表紙に横を歩いていた男子生徒にぶつかって慌てて謝っている。男子生徒は謝罪を受け入れ、友達の待つ方へ走っていった。
立ち止まっていた俺と日音は秋倉に合わせ歩き始める。
日音が会話を再開させる。
「よそ見して歩いたら危ないよ」
「突然声をかけるからだろ。俺はちゃんと前を見てた」
「はいはい、ごめんごめん」
「……ちぇ」
秋倉は先ほどまでのと比べ、一番小さい舌打ちをした。日音の前でも不機嫌は再開したが、何処となく軟化している。分かりやすい奴め、腹立たしい。
日音が小声で話しかけてくる。
「シキくん、なんだか不機嫌?」
小さくても察してしまう幼馴染。すごーく羨ましい。俺も不機嫌になっちゃいそうだ。が、秋倉みたいに態度には出さない俺は優ーしく日音に教えてあげる。
「生徒会長の挨拶からずっとこうなんだ。あの先輩が気に入らないんだって」
互いの耳元で声を出すため、なんだか秘密の会話みたいだった。日音は秋倉の様子を再度見直して「ふーん」と鼻を鳴らす。
「私は良い先輩だと思ったけどな」
秋倉がギュルンと首を曲げて日音を凝視した。俺は自分を落ち着かせてから日音に話しかける。
「どの辺が良いと思ったの?」
少し言葉が強いかと思ったが、日音は気にした様子もなくさらっと答えた。
「仕事できそう」
「ああ。なるほど」
生徒会長のステージ上での落ち着きようは確かにその雰囲気を感じた。口がうまく、人前慣れしているだけという可能性もあるが、それでも生徒会の顔としては活躍していることだろう。その場合は人を動かす才能を持ってそうだ。
割と自分の中で生徒会長が好印象な立ち位置にいて驚いている。
ただし、日音が彼を良い先輩と言ったことにはあまりいい感じはしなかった。秋倉ほどではないにしろ焦ってしまった。少し反省。
俺は気を取り直して、日音の意見に賛同する。
「かっこいいよな、仕事出来る先輩って」
「うん。かっこいい」
「おい!」
秋倉が突然吠えた。振り返って日音を睨むように見つめている。立ち止まって秋倉が何を言うのか待つ日音とそれに合わせる俺。わざわざ立ち止まらせた秋倉は渋るようになかなか声を出さなかった。
「もう、列行っちゃうぞ」
「…最後のあれ見てどう思った?」
「あれ?」
「生徒会長がやってただろ、こう」
秋倉は、目をパチパチさせた。ウインクだというのは分かったが、何をいいたいのだろうか。
「あれ見て日音は何か思わなかったのか?」
「…凄いなって思ったよ」
「「凄い?」」
俺と秋倉は声を揃えて聞き返した。日音はなぜか少し笑って答える。
「人を惹きつけられる自信があるんだなって。私にはないから羨ましい」
日音が何処を見ているのか分からない。秋倉が、何かを言いかけた。
「……ば」
「ば?」
「…何でもない」
日音が聞き返すと秋倉は言うのをやめた。何を言おうとしたのかうっすら分かっても俺はそれを口にしない。
俺はこいつが羨ましい。咄嗟に出る言葉が浮かぶんだから。付き合いが短いとかそんな言い訳はしたくない。
秋倉が俺たちを置いて歩き始める。
日音がボソッと呟いた。
「自信があったら…」
続きは聞けずに日音も歩き出した。
俺も足を動かす。でも、重い足のせいか立ち止まってしまう。
「幼馴染って狡すぎだろ…」
誰にも聞かれない声が先に行って消えてしまう。
このまま立ち止まるのだろうか。
「おいエビ!遅いぞー!」
声の主は仏頂面で振り返りこちらを見ている。その隣には不思議そうにこっちを見る彼女。
二人とも俺のことを待っていた。
俺はにやけてしまう。
足の重さがいつのまにか消えていた。
「悪い!」
俺は走り出そうとして二つのことに気づいた。
一つは秋倉が不機嫌になった理由。でもそれは、二つ目から関連して気づけた。
二つ目、日音は自信を付けたいみたいだ。だから、自信のある人は魅力的に見えるかもってこと。
今は別の人が見えてるかもしれないけど、まだ高校は始まったばかり。
俺は日音と、それから秋倉とも長い付き合いになりたいと思った。
その自信を見せるんだ。
追いついた俺に秋倉が小言を言う。
「たく、置いてかれたいのかよ」
「なあ、秋倉」
「あ?」
俺を見る秋倉にこの先のことなんて予想できるはずない。俺は悪戯っぽく笑って言ってやる。
「ライバルが生徒会長だけだと思うなよ?」
「は?!」
「行こう、日音!」
「え、うん」
俺は日音の手を取って優しく引く。驚きつつ日音は俺についてくる。
ポカンとしていた秋倉は自分が置いていかれていることに気づきようやく走り出した。
「ちょ、待て!」
「遅いぞー秋ー」
「やばいね、私たち最後だ」
「大丈夫、最後はあいつだから」
「待てやぁぁ!!」
俺たちは教室まで走った。日音が言ったように俺たち以外の生徒は教室に揃っていた。先生も教壇に立ち、俺たちを睨む。
「お前らー、俺を待たせたらどうなるか知りたいようだな〜?」
「すいません、秋倉が脱走してまして、連れ戻しに行ってました」
「え?」
日音が俺を驚いた目で見てくる。それをスルーしている所に丁度脱走犯が走ってくる。
「はあ、はあ、間に合……」
「秋倉ー、後で反省文な。お前ら席につけー」
「「はーい」…」
「はい……え?!」
緩い口調の先生の緩くない部分に気づいた秋倉が立ち止まる。
俺と日音が席に戻るとホームルームが始まる。秋倉はその間、廊下で硬直していた。
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