共通点
「参ったよ先生。こんな問題、高校生にわかるわけないじゃんか」
渡辺恋は愚痴めいたことを言う。その瞳の先には、一人の男がいた。
「でもお前はここに俺を呼んだ。ということは、ちゃんと解けたんだろう?」
「偶然だよ。偶然、うちのゴミ箱の中身を見て気づいたんだ」
恋の通う帝都女子高校周辺で連続殺人が起きた。犯行動機が不明なことから注目の的になり、恋たち生徒は入学一ヶ月ほどで自宅待機を命じられた。その代わり、こういう未解決事件が好きな担任の教師から「事件の謎を解いた生徒には何か買ってやる」と言われたので、恋は冗談半分に事件を調べていた。
最初の事件は学校から直線距離でおよそ七百メートル離れた住宅街の路上で発生した。被害者は市来若葉。死因は撲殺。凶器は不明。都内の広告代理店に勤める真面目な会社員だった。これが四月十二日のことである。犯行が深夜だったことはすぐにわかったが、不審な人物が目撃されたという報道はなかった。
次の犯行は十九日の深夜から二十日の未明にかけて発生した。被害者は壇高輝。帝都女子高校最寄り駅の駅員であり、勤務終了後の帰宅途中に何者かの襲撃を受けたと警察は見ている。銃殺された遺体が高校から約一キロ離れた細い路地に遺棄されていた。
さらに五月一日、ゴールデンウィークの最中に三人目と四人目の事件が発生した。被害者はホープ・ブラウンとリリス・テイラー。同じ英語塾で教師を勤める傍ら、町内清掃のボランティアに参加していた。彼女らは市来と同じ住宅地でシェアハウスをしており、やはり銃殺されていた。就寝中に押し入られたと見られている。
次は誰が狙われるのか。帝都女子の生徒にも被害が出てしまうのではないか。世間が大騒ぎする中、犯人を名乗る人物から一行だけの声明文が警察に届けられた。七日のことだ。
『この連続殺人はこれで終了とする』
あまりにも突然の終了宣言だった。
被害者たちには一見、女性であるということと帝都女子高校周辺で生活しているということしか共通点は存在しない。
「これは後から連続殺人にするように犯人が決めたんだ。最初の事件をカモフラージュするために」
「そう考えたか。根拠は?」
帝都女子の屋上で夜中に教師と生徒が会話するというのは、本来ならあり得ない光景だ。
「殺害方法が二人目からガラッと変わった。一人目だけは撲殺で、まるでその場で急に殺意が芽生えたみたいだ。でも二人目からは銃を用意して被害者に近寄ってる。……確認しておくけど先生、日本では理由も許可もなく銃を持ち歩いちゃいけないよね?」
「もちろんだ。日本で銃を持ち歩くなら、違法だろうと合法だろうとそれなりの理由があるはずだ。つまり二件目以降は殺害という明確な目標をあらかじめ持って犯人は行動した、その点で一件目とは違いがあるからおかしい、そう言いたいんだな?」
「そう。犯人は最初の一人を、そのつもりじゃなかったのかもしれないけど殺してしまった。自分が犯人だと思われないように、自分と関係ない人も含め、連続した『複数人』を狙った人物による犯行だと印象付けたかった。だから犯人はある条件に沿って被害者を選んだ。それは名前だ」
「なるほどなるほど。では、名前の条件とやらを教えてもらおうじゃないか」
「若葉、高輝、ホープ。高輝はハイライトを無理やり漢字にしてるけど、三人とも煙草の銘柄が名前だ。これが犯人の定めた条件だ。きっと町中探したんだろうね。でもリリスという煙草は調べても存在しなかった。被害者の名前まではわかっても、同居人がいるかどうかはわからなかったんだろう。押し入ったらホープと一緒にいたから殺した」
恋が一呼吸置いた。
「元々無関係の人を殺害してるのに、さらに条件にも合わない人を殺した。もしこのまま連続殺人を続けたら同じことがまた起きるかもしれない。だから犯人は終了宣言を出した」
「……ここまでをまとめると、最初の『わかば』を何らかの理由で殺した犯人はカモフラージュのために『ハイライト』『ホープ』と煙草の銘柄に沿って殺していったが、計画が杜撰だったために『ホープ』殺害の現場にいた不幸で無関係な人物まで殺した、ということだな。じゃあ渡辺、この事件の犯人はどんな人物だと思う?」
「煙草の銘柄に詳しい人、例えば喫煙者。若葉と関係のある人。この町の人名をできるだけ多く知ることができる人。それ以上はわからないけど、案外近くにいるのかもね。うちのゴミ箱にはホープの空き箱があったけど、先生がいま吸ってるそれは何? ずいぶんおしゃれな箱だけど」
「ピアニッシモだ。——若葉がよく吸っていたよ」
教師が今夜最大量の煙を吐き出した。
「教師は学校保管の名簿をいつでも見ることができる。教え子にここまで見破られてるんなら、両手が後ろに回る日も近いな」
「途中から何となくそんな気がしてたけど、まさか先生だったとはね。ねえ先生、どうして若葉って人を殺したの?」
「カッとなったからさ」
「それだけ?」
「それだけ。人を殺す理由なんて、そんなもんで十分だ」
「それは残念。いっそ、ラブとかレンって銘柄の煙草があったら良かったのに」
恋は教師のピアニッシモを箱から一本取り出し、吸う真似をする。
「どうして? 俺の標的にされるぞ」
「こんなつまらない世界、生きたくないから。命なんて煙みたいに軽いものだ。先生もそう思わない?」
「——そうかもな」
二人はフェンスに寄りかかり、曇った夜空を見上げた。